「わたしに恋人はいなかったんですかね?」
 
 自宅でクッキーを焼いて持参した日のこと。
 研究室で小休憩した時に紅茶と一緒にクッキーを出してみたら、ハインツ先生は何の躊躇もなくクッキーをつまみサクサクいい音を立てて食べ始めた。

 意外と甘いもの好きなんだ!

 そう思いながら、リラックスした雰囲気の今ならと踏んで聞いてみた。
 22歳のわたしに恋人はいたのかと。

 あまりにも唐突な質問だったのかハインツ先生がゴホゴホとむせる。
「突然何を言い出すんだ」

「わたし、実家で暮らしていなかったと思うんです」
 魔物憑きとなって目覚めた時は実家の自室のベッドで寝ていた。
 クローゼットの中には服も一式揃っていたのだが、それは22歳の大人の働く女性が着るには少々若いデザインのものばかりで、急遽買いそろえたのだろうかと思うぐらいどれも真新しいものだった。
 勉強机に並べていたはずのお気に入りの雑貨もなくて、生活感がなかったのだ。
 
 もしも一人暮らしをしていたのならそれぐらいは教えてもらえるはずで、その上で心配だから実家で暮らしなさいと言われるのならわかる。
 そうではないということは、もしかするとわたしは男性と一緒に暮らしていたんじゃないだろうか。

 そのことをハインツ先生に話すと、誰か見当がついているのかと聞かれた。