13歩よりも近い距離

「岳の親って、甘くない?」

 もうすぐ夏休み。冷たい麦茶をグビッと喉に流し込み、台所の母親に愚痴を溢す。

「四月から三ヶ月以上も息子が学校行ってないんだよ?なんで許せるの?いじめられてるわけでもないし、先生になにかされたわけでもないのにっ。普通さ、引きずってでも学校行かせない?」

 ふんっと鼻から大きな息を吐いて、グラスを乱暴に卓へ置く。

「夏休みももしかして、一緒に寝泊まりしろとか言われんのかなあ」

 俺の部屋で寝泊まりしてよ。同居ってやつ。
 狂ってなんかないよ。ただすずと近い距離にいたいだけ。

 そんなことを平然と言ってきた岳を思い出し呟けば、いつもよりも多い(まばた)きをした母親が、目の前の椅子へと腰掛けた。

「もしかしてすず、なにも知らないの?」
「はあ?」
「前にあんたがちょくちょく岳ちゃんの家行ってたのは、てっきりお見舞いだと思ってたんだけど、違うの?」
「お、お見舞い?」

 お見舞いとはなんだっけ、とぽんこつな脳みそが一瞬忘却しそうになるが、すぐに病人などを訪れて慰めることをいうのだと思い出す。そして、こう思う。

「岳を見舞う必要なんかないじゃんっ。どこも悪くないし、勝手に痩せてってるだけなんだから」

 私のその言葉で、母親が口元を覆った。

「岳ちゃん、痩せてってるの……?」
「そうだよ」
「もうあまり、食べられないってこと……?」
「食べられないとかじゃなくて、わざと食べないんだよ。心配する必要なしなしっ」
「ちょっと、すずっ」

「す」と「ず」。ひとつずつはっきりと発音されて空気が変わると、真剣な面持ちの母親と目が合った。

「岳ちゃんがあんたに言ってないなら、私から言うけど」
「な、なにを」
「落ち着いて、聞いてね」

 これまた一語一句丁寧に言われ、真冬のように凍てつく空気。ざわわと胸吹く 塵風(じんぷう)が、心を渦巻く。

「岳ちゃんはね、膵臓癌(すいぞうがん)なの」

 私の脳みそは相も変わらずぽんこつで、膵臓とはなんだっけ、癌とはなんだっけと考え始めた。

「え、す、膵臓……癌?」
「膵臓癌は、見つかった時点で手遅れなものがほとんどなの。五年後の生存率だけをとってみても、数ある癌の中で一番低い数字なの」

 ぐるぐる()ねくりまわされる、頭の中。五年後ってなんだっけ、生存率ってなんだっけ。

「岳ちゃんは、もう余命を言われてるのよ」

 余命って、一体なんだったっけ。