13歩よりも近い距離

 つつじにボタンにクレマチス。パンジー、大藤、きばな藤。一頻(ひとしき)りスマートフォンに収めてから、食事処で腰を下ろす。

「はーっ、癒されたあっ」

 時刻は四時半。普段よりも遅めの朝ご飯だったからか、こんな時間に腹の虫が騒いだ私は、がっつりとカツ丼を頬張った。対して岳は、女子ウケしそうなフルーツサンド。

「岳、そんなんでいいの?」
「おう」
「朝もそんな食べてないじゃん」
「だから言ってんだろっ。最近食欲落ちてんだって。早く俺を引きこもりから解放しろっ」
「私のせいにするなし……」

 この一ヶ月、岳は私のイエスをずっと待っている。大好きな給食も食べないで、体育も音楽も参加せず、友達とだって遊ばずに、家で終始ひとりきり。そこまでして、私の愛を欲している。

「岳……」

 カツ丼に、目を落としながら名を呼んだ。

「岳にとってはさ、中二なんてべつに大切な時期じゃないように思えるだろうけど、私みたく三年生になったらこう思うんだよ。ああ、もっと中学生活満喫したかったなって、みんなとは高校でバラバラになっちゃうんだなって。寂しいなってっ。だから」

 そこまで言って、顔を上げた。

「だから、岳が学校へ行かないことは間違ってると思う。私を諦めないのは岳の勝手だけど、私を彼女にすることを焦るのは違うよ。好きなら好きで、そのままでいればいいじゃんっ。それでまた、私が高校行っても大学行っても、追いかけてくればいいじゃんっ」

 自惚れにも近い発言だが、岳の大きな愛は感じているし、彼を説得するにあたっては必要な言葉だった。そしてそれは、彼の本気具合を確かめる言葉でもあった。

 静寂がゆらりと漂って、岳はフルーツサンドを置く。

「高校に行ったら、すずが俺を愛してくれる保証はあんの……?」

 少し震えた声だった。

「大学に行ったら、すずと付き合える保証はあんの……?」

 震えているのは、卓に乗せられている彼の拳も(しか)り。

「そもそも未来の俺等が、どこにいんのかも分かんねえじゃん!」

 その拳の一撃が、卓をガチャンと騒がせた。途端に集まる周囲の視線。私は刹那、固まった。

「す、すぐ側にいるでしょ……ご近所なんだから……」

 岳は黙って、鋭い目つき。

「お互いの家まで、たった十三歩の距離に住んでるんだよ……?私、高校も大学も今の家から通える範囲で選ぼうと思ってるし、岳もそのつもりなら、これからもずっと側にいるじゃん。それ以上、離れることなんてないじゃんっ」

 どうして岳が、いきなりそんなことを言い出したのか、私には理解できなかった。だから彼を否定した。

「ちょっとおかしいよ、岳。必死すぎて怖い」