「行ってらっしゃい!」

「ぱぱ!おしごと、がんばってね!」

「うん、行ってきます。」

妻と娘に送り出され、いつものように家を出る。

春の心地良い風が、桜の木をサラサラと揺らす。

揺れた桜の木から花びらが落ち、下に広がる桜の絨毯をより一層鮮やかにした。

また、春が来た。

君が居なくなってから10度目の春だ。

先日十回忌が終わったようで、遺された僕達も節目を迎えた。

この10年間色々なことがあった。

君を失った悲しみから抜け出すことは、容易では無かった。

そんな僕を救い出してくれたのは紛れもなく、遥花だった。

大学を卒業してから、僕は遥花と籍を入れた。

最悪の時期を共に乗り越えた遥花となら、この先も大丈夫だと確信した。

可愛い娘にも恵まれて、今の僕は凄く幸せだ。

僕は君の分まで幸せになることが出来ているだろうか、、。

それが君の最後に遺した願いだから、精一杯叶えたいと思った。



今は医師として、この町の総合病院で働いている。

ちょうど10年前、君が息を引き取った病院だ。

君のように病気で苦しむ人を少しでも救いたい、そう思う一心で、この職業を選んだ。

君と出会ったおかげで、今の職を志すことが出来た。



職場に着き、白衣を羽織る。

白衣の胸ポケットにいつも欠かさず入れているものがある。

君から貰った最期の手紙だ。

ポケットから取り出したそれは、少し色褪せていた。

この10年間、どこへ行く時も必ず持ち歩いた。

君への想いを忘れることは無かった。

君は今も空のどこかで、僕と同じ気持ちで居てくれていますか?

僕の君への想いが消えることは無い。

それは、愛する妻と娘が出来ようと変わらない。

こんな事君に聞かれていたら、怒られるかもしれない。

けれど、僕の君への想いはそれほど大きいものなのだ。

君の人生最後の恋愛を終わらせるつもりは無い。

僕が死ぬまで、死んだ後も僕たちの恋は続いていく。

僕達は心で繋がっている。、

僕が君の所に行くにはもう少し時間がかかりそうだ。

僕はこれから、妻と娘を人生をかけて愛さなければならない。

そして、君が望んだように、君の分まで幸せにならなければいけない。

この使命を達成したら、必ず君の所へ行く。

だからもう少しだけ、そこで待っていて欲しい。

いつかまた会える、その日まで、

僕は君の事を愛し続けるから。