日向の死から少し経って、彼女の葬式が執り行われた。

春先の穏やかな風が吹く日だった。

いつもの僕なら、風が心地良いだとか、彼女にぴったりな日だとか思うのだろう。

しかし、今日ばかりは何も感じることが出来なかった。

彼女が亡くなってからというもの、僕は完全に心を閉ざしてしまった。

彼女との日々を思い出しては泣きの繰り返し。

ずっと自室に閉じこもり、外の光さえも遮断していた。

「日向」に、出たくなかった。



そしてある日を境に僕は泣かなくなった。

それと同時に、彼女との日々を思い出すことも無くなった。



葬式の日時を知らされた時も、行こうか迷った。

行けば絶対に思い出してしまう。

今でも変わらない彼女への想いは行き場を無くし、心の中を彷徨うばかりだった。





そして今日、葬式当日、僕は覚悟を決めた。

一週間前以上も着ていない制服に身を包み、徐ろに外へ出る。

ゆっくり、一歩一歩踏みしめながら会場へと向かった。



会場には既に沢山の人が来ていた。

うちの学校の生徒、他校の制服を着た生徒、先生に親族。

ハンカチを片手にすすり泣く人、棺の中の彼女の顔を見て泣き崩れる人。

全員が彼女の死を惜しんだ。





「こうちゃんも来てたんだ。日向ちゃんと知り合いだったっけ?」


そう話しかけてきたのは、幼馴染の風間遥花。

お隣さんで、親同士の仲が良い事もあり、生まれた時からずっと一緒、

いるのが当たり前みたいな存在だ。


「まぁ、ちょっとね。」


ちょっとどころか、関わりしかない。

でも、日向との関係は誰にも話していない。

幼馴染であるはるに対してもそれは同じだった。


「はるも、小桜さんと仲良かったんだ。」


『小桜さん』そう呼んだのはいつぶりだろうか。

はるによると、日向とは中学の頃に仲良くしていたそうだ。


「日向ちゃんって、静かで良い子だったよね。」


「えっ?」


はるの口から出た日向の印象は、僕が思っているものとは正反対だった。


「ひなって静かだったよねー。」


「いつも教室の隅っこにいる感じだったね。」


「読書好きそうだったよね。」


周りの人が話す彼女像もまた、僕とは正反対の、はると同じものだった。

良く喋る、明るい女の子。

良い子なのは確かだが、静かとかそういうタイプでは無い。


『光輝くんの前では素直になれる気がする。』


いつかの彼女の言葉を思い出した。

あの時は意味がよく分からなかった。

でも、今なら分かる。

彼女は学校にいる時、誰かと接する時、いつも自分自身を偽っていたんだ。

僕と、同じだ。

僕の前だけで見せてくれた、本当の姿。

瞬間、彼女との思い出が頭の中を駆け巡った。

一つ思い出したら止まらなくなる。

次から次へと浮かんでは消える。

思わず溢れそうになった思い出たちをぎゅっと堪えて、その場から駆け出した。



誰もいない広いエントランスに出る。

途端に、限界まで水を溜め込んだ僕のダムは崩壊した。

彼女との思い出を詰め込んだ大粒の涙が僕の頬を伝う。

止まることを知らないそれはいくら拭ってもボロボロと溢れるばかりだった。

静まり返ったエントランスに僕の声だけが響く。


「こう、、ちゃん、、、?」


僕の後を追いかけてきたのか、少し息を切らしたはるがエントランスの入口に立っている。


「、、、っは、、、るっ、、、。」


はるは何も言わずに僕を長椅子まで誘導してくれた。

何も聞くことなく、優しく、優しく、背中をさすってくれる。

そんなはるの行動にさえも涙が溢れてきて、もう訳が分からなくなった。


「、、ひなっ、、、ひなたっ、、、」


何度も、何度も、その名前を呼んだ。

何度呼んでも帰ってくることの無い彼女。

それでも、呼ばずには居られなかった。

数え切れないほどの彼女との思い出が、

忘れられないほどに大きくなってしまった彼女への想いが、

大粒の涙になって溢れてくる。

僕が泣いている間、はるは何も言わず、ずっと背中をさすり続けてくれた。

僕の日向への想いはもうとっくに気づかれてしまったみたいだ。

窓の外にある大きな桜の木の枝に

小さな桜の花が一輪咲いている。

それはまるで新たな春の訪れを静かに祝福しているような、

誇らしげな表情だった。