僕が彼女、小桜日向に出会ったのは高一の春。

桜の花びらの絨毯がどこまでも続いていくような、そんな季節だった。

たまたま家が近いとかで、彼女にプリントを渡しに行くよう担任から頼まれた。

担任に伝えられた住所の示す場所は、総合病院。

触れてはいけないような雰囲気。

用事が終われば彼女との接点は無くなる、そう思っていた。



「初めまして、同じクラスになった影山光輝です。」

「初めまして!小桜日向です。こうき君、どうして来てくれたの?」

「プリント、渡しに。あ…あと…下の名前で呼ぶの、やめてください。」

「どうして?」

「どうしてって…あんまり好きじゃないから、です、。」

「好きじゃないって、名前が?」

「そうです。」

「どうして?」

「初対面の人の事、そんなに詮索しない方がいいと思います。」

「え〜、私こうき君のこともっと知りたいのに、、。まぁいいや、これからよろしくね。」

「知っても何も面白いことないと思います。それに、会うのは今日で最後だと思いますし。」

「そうなの?残念。」

「じゃあ、僕帰るので。」

「うん。分かった。またね。」

『またね。』そう言った。

もう会わないって言っているのに。

しかも下の名前で呼んでいる。

下の名前で呼ぶなと言ったのに、、。

第一印象は『話を聞かない子』。

正直本当に、会うのはこれで最後だと思った。





次の日も、プリントを頼まれた。

次の日も、その次の日も。

気づけば一ヶ月。

病院に居る時間も最初より長くなった。



「『会うのは今日で最後』なんて言った割には、今日でもう一ヶ月経ったね。」

「僕だって、来たくて来てるわけじゃない。」

「うわぁ酷い。そういう事は、思ってても普通口に出さないもんだよ〜?」

「、、、ごめん。」

「謝んなくていいよ。光輝君って、優しいよね。」

「どうして?そう思うの?」

「うーん。何となく?」

「そっか。でもここに居る僕が、僕の全てじゃない。」

「それは、、そうだけど、、。でも、ここに居る光輝君は優しいよ。全てじゃなくても、光輝君の中には優しい光輝君が居る。」

「小桜さんは、明るい、太陽みたいだね。」

「そう見えるなら、良かった。」

彼女は、桜の花びらみたいな人だった。

笑顔は、太陽みたいに明るくて、暖かかった。

彼女は僕の太陽だった。






「光輝君は、病気のこと聞かないんだね。」

ある日急にそう言われた。

聞いてはいけない事だと思っていた。

「聞いてもいいの?」

「ダメって言ったら?」

「じゃあ聞かない。」

「そういう所だよ、光輝君。」

「何が?」

「そういう所が光輝君の優しい所。」

結局彼女がその事について教えてくれる事は無かった。

彼女は僕が気づくよりもずっと前に、僕の気持ちに気づいていたのかもしれない。

僕は気づけなかった。

自分の気持ちにも、彼女の気持ちにも。





「病気だからって特別扱いされたくないの。」

突然彼女はそんな事を言った。

「私だってみんなと同じ、普通の高校生だよ?なのに、何で病気ってだけで特別扱いされなきゃならないの?私はそんな世界に歯向かうって決めたの。」



強く言い放った一言。

あぁ、この子は強い子なんだな、そう思った。

苦しいことがあっても、一人で乗り越えられるような、そんな子なんだと。



そんなはずないのに。



彼女は僕が思うよりもずっと、弱かった。

僕はそれにさえ、気づくことが出来なかった。






そして彼女は、僕の生きる世界から静かに姿を消した。