その日の昼休み、千世から『今少し時間ある?』とメッセージが届いた。すぐに返事をして、私と千世は二階の踊り場で待ち合わせることになった。

 学校でこんなふうに千世が連絡してくるのは珍しい。不穏な予感がして胸騒ぎがする。

 二階に着くと、遠目から柱のところに寄りかかっている高身長の女子を発見した。こうして見ると、私たちの中で千世が一番中学から高校にかけて外見の変化が大きい。活発な印象から、大人っぽさと女子らしさが増して、学校で話しかけるのは少々気後れしてしまう。


「菜奈、こっち!」

 私に気づいた千世が手招きをする。千世の前までいくと、ふわりと甘いバニラのような香りが漂った。朝会ったときにはしなかった、知らない匂い。何故だか置いていかれているような寂しさを感じた。

「ごめんね、急に」
「ううん、大丈夫。なにかあったの?」
「それが……ゆーかちゃんの鍵垢のスクショが出回ってるみたいで。見て、これ」

 千世が見せてくれたのは、表のゆーかちゃんのアカウントの投稿ではなく、一部の人たちのみと繋がっている鍵付きのアカウントの画像だった。

 トワリスナーに対する不満や、最近のトワの投稿内容に対する文句が綴られている。


「誰かがコレを捨て垢で流してるみたいなんだよね」

 灰色の人形の初期アイコンの人物が、ゆーかちゃんの今までの言動と書いて画像付きで投稿していようだった。

「……なにこれ、悪質」
「ゆーかちゃんがかなり怒ってて、犯人探し出そうとしているっぽい」

 千世に説明を受けながらも、私は疑問が頭を過った。どうして千世はわざわざ私を呼び出してまでこのことを話しているんだろう。

「もしかして千世、なにか心当たりがあるの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

 その瞬間、千世の周囲が白く光った。

「本当に……?」

 しつこいと思われてしまうかもしれない。けれど、わざわざ私にこの話をしてくるということは千世の中でなにか理由がちゃんとあるような気がした。

「菜奈がなにか知ってるかなって思って」
「私が? でもゆーかちゃんの鍵垢知らないよ」
「違うの。菜奈が犯人って疑ってるわけじゃなくて……」

 言いづらそうに口籠る千世を見て、今朝の千世の発言を思い出した。
 ——香乃、前にゆーかちゃんと仲良くなかったっけ?

「香乃のこと、疑ってるの?」
「あ、えっと……疑ってるってわけじゃないんだけど」

 再び千世の周囲が白く光る。そのことに私は衝撃を受けて、じっと千世の顔を見つめてしまう。もしもこの白い光が本当に〝嘘をついたとき〟に見えるものだとしたら……。

「ごめん、菜奈」

 私の視線が問い詰めているように思えたのか、千世は眉を下げて視線を逸らした。


「私、正直香乃が犯人だと思ってる」

 身体が凍りついたように動かない。返す言葉が思いつかないまま、声にならない吐息が口から漏れていく。

「香乃ってゆーかちゃんの鍵垢と繋がってたんだって」
「え……」
「なのに今朝、全く仲良くないみたいに言っててさ。あれ嘘じゃん」

 千世から赤い光が漏れる。怒りの感情を汲み取って私は息をのんだ。
 犯人が香乃だという証拠はないので断定はできない。けれど、今朝香乃は嘘をついていたのは間違いなかった。


「理有ちゃんっているでしょ。その子からメッセージが来て教えてもらったんだけど、ゆーかちゃんと理有ちゃんは仲が良くて、香乃がそれをよく思ってなかったらしいんだよね」

 そういえば香乃は私たちの前でも理有ちゃんのことを嫌がっていて、関わりを切った方がいいとまで言っていた。


「ほら、香乃って自分の好きな子と嫌いな子が仲良くしてるの嫌がるタイプじゃん。だけどゆーかちゃんは香乃よりも、理有ちゃんと仲がいいからそっちにいっちゃったみたい」

 千世の言う通り、香乃は友達に対して独占欲が強い。そして離れていくと、途端に攻撃的になり毛嫌いし始めることがあった。

 中学のときに香乃が仲よかった子とも、トワが好きで仲良くなったSNS上での友達とも、何度か揉めている。

「それでゆーかちゃんを捨て垢で攻撃してるってこと……?」
「可能性としては高いんじゃないかって。ゆーかちゃんと香乃つい最近喧嘩して、縁切ったってこと、さっき理有ちゃんから教えてもらったんだよね」

「でもそどうして……嘘をつく必要があるんだろう」
「香乃って、人と縁を切るとなかったことのように振る舞ってるから。全て消したいんじゃない?」

 香乃は仲が良くても縁を切ると、思い出を全て消す。
 イベントで以前知り合って、頻繁に遊ぶほど仲良くなっていた子と揉めて縁を切った後、連絡先も画像も、今までのやりとりが残っているSNSも消していた。


「菜奈は、いつまで」

 千世がなにかを言いかけたとことで、昼休みの終わりを告げる鐘の音が鳴り響く。

 ため息を吐くと、千世は一歩足を踏み出した。遮られた言葉の続きを話すつもりはないみたいだ。


「戻ろっか」

 重たい空気のまま私たちは二階の踊り場を出て、一年の教室がある四階へと足を進めていく。

「ねえ、菜奈。この間、私が言ったこと覚えてる?」
「……うん」

 ——私たち、香乃とは距離置いた方がいいのかも。

 同じクラスで遥ちゃんと香乃が揉めている板挟みに遭っている千世は、私が想像している以上に辛いのかもしれない。

 千世が立ち止まり、真剣な面持ちで私を見つめる。なにかを訴えるようなその眼差しから目が逸らせない。


「私、最近の香乃ちょっと無理かもしれない」
「え……」

 私の動揺を感じ取ったのか、千世は申し訳なさそうに笑みを浮かべた。

「ごめんね」

 そう言って千世は先に行ってしまう。その背中を私は追うことができなかった。

 教室へ戻る途中、視界には無数の白や赤、青の光が見える。自分の目に異常が起こっているのだと、嫌でも実感してしまい目眩がした。

 考えなくちゃいけないことはたくさんあるのに、頭が働かない。
 壁に手をついて、浅くなる呼吸を必死に整える。

 こんな光、見たくない。それなのに勝手に情報が入ってきてしまう。
 立ち尽くしていると注目を浴びてしまうため、極力視線を下げたまま教室へと逃げ込む。それから授業が始まるまで、私は席で俯きながら目を閉じていた。