放課後、再びお母さんからメッセージが届いた。どうやら詩が朝からなにも食べていないらしい。そのため一応ゼリーを買ってきほしいとのことだった。

 ロッカーで靴を履き替えながら、スーパーで果肉入りのゼリーを買って行こうと考えていると「菜奈」と声をかけられた。

「ちょっといい?」

 ロッカーに寄りかかり腕を組んでいる千世は機嫌が悪そう。私は今朝の出来事を思い出して、落ち着かない気持ちになる。もしかして朝の私の態度がよくなかったから怒っているのだろうか。

「千世、今朝はごめんね」
「え? なんで?」

 即答されて、目を丸くする。

「私の今朝の態度よくなかったかなって思って……」
「そう? 奈菜は詩ちゃんの具合が悪くて心配で遅れたんでしょ。なのにさ、香乃のあの態度本当ないよ」

 顔を顰めた千世を見て、不満を抱いている相手は香乃なのだと理解した。けれど朝のときのふたりの関係は良好だったはず。

「クラスでも香乃やばくて」

 千世はもっと近づいてと手招きをして声を潜めながら言葉を続ける。

「遥たちと険悪になってるんだよね」
「え……遥ちゃんって、千世が仲良い子達だよね?」

 千世は香乃と同じクラスなものの、最近は学校で一緒に行動していない。千世のいるグループは外見が目立つ子が多く、香乃は趣味も合わないため苦手だと言っていた。それなので、最近では別の子達と一緒にいると聞いたことがある。

「香乃が今仲いい子たちと、私や遥たちの悪口言ってたのを聞いちゃった子がいたんだよね」
「それでも揉めてるの?」
「揉めるとまではいってないけど、遥たちが結構怒っててクラスの雰囲気悪くってさ」
「そうだったんだ。朝のふたり、いつも通りだったから……わからなかった」
「こういうの言いにくいけど」

 千世は私の顔色をうかがうようにちらりと見ながら、耳打ちした。

「私たち、香乃とは距離置いた方がいいのかも」
「え……」

 苦い表情をしている千世を茫然と見つめながら、頭の中では今までの出来事が走馬灯のように流れていた。

 これからも三人で一緒に通えるねって同じ高校に受かって喜んだこと。
 真面目な相談ができるのはこの三人でいるときだけだって千世が言ってくれたこと。

 三人でトワの動画を見ながら、涙が出るほど笑ったこと。


「香乃ってアオハルリセット拗らせてるじゃん?」

 嬉しかった思い出に亀裂が入っていく想像をして、千世の声で我に返る。

「だから、私も菜奈もいつ切られるかわからないよ」

 確かに私も香乃に対して全く不満がなかったわけではない。けれど自分から距離を置くなんて考えたこともなかった。


「急にこんな話しちゃってごめん。私、バイトあるからもう行くね」

 去っていく千世の後ろ姿を見つめながら、私は胸元を握りしめる。
 喉元になにかが詰まったみたいに、息が苦しい。