「父親はあれだけの企業を操る男だ。常に仕事人間だった。母親の希望があったからこそ受け入れた道だったが、そうは言っても結局は父親の強制に他ならなかった。唯一あいつを繋ぎとめていた『母親』という糸が途切れて、凪徒は自分の夢をもう一度追いたくなった……が、父親と対立し、桜家を敵に回したも同然の身ゆえ、オリンピックはもう無理だ。それで見出したのが空中ブランコだったという訳さ」

「あいつ……そんな過去一度も……」

 暮は一息に珈琲を飲み干し、カップはカチャリと音を立ててソーサーの上に戻された。元々口数の少ない凪徒ではあったから、誰も彼の過去を穿(ほじく)り返してはこなかったが、そのような経緯があるなどとは、いつも身近にいる暮でさえも想像にすら及ばなかった。

「それと……凪徒にはここにいることにもう一つ目的があっての」

「え? はい」

 思いつめるように(うつむ)き、唇を噛み締めた暮の(おもて)が再び団長を捉える。

「父親を除いた唯一の肉親……何処(いずこ)ともしれない、どんな面立ちかもしれない、腹違いの『妹』を探していたんだ」

「いも……うと──?」

 ニンマリと目を細めた恵比須顔の団長に、暮は更なる驚きの表情を向けた──。