辞表の中身は典型的な「一身上の都合により」から始まる一文しかなかった。

 いやに整った文字が無性に忌々(いまいま)しい。

 暮はその一字一字をほぼ睨みつけるような目つきで見下ろし続けた。

 団長が珈琲を運んでくるまで、何とか気を穏やかにさせようと無言で身じろぎもせずにいた。

「春に話した凪徒の家のことは覚えておるの?」

 気配すら感じさせずにカップを封筒の隣に供した団長の言葉で、暮はハッと顔を上げる。

「ああ、はい。旧桜財閥の一人息子だとか……」

 あの誘拐事件で高岡紳士が凪徒にした質問について。

 端から聞いていた暮は、一件落着した後団長に問い(ただ)していたのだ。

「あいつは訳あって桜家と縁を切り、五年前ここへやって来た。その『訳』とやらが今になって動き出したんだろ」

「『訳』……それを団長は知っているんですか?」

「まぁ……多少は、の」

 言葉を濁し珈琲をすする団長。

 視線を暮の頭上の天井へ向け、ややあって次の句を待つ暮に戻した。