「良いお返事を持ってきてくれたのね? さ、座って」

 杏奈が笑顔で立ち上がりモモに近付く。

 その言葉に凪徒は焦りの表情を見せたが、腰は上げなかった。

「杏奈、どういうことだ? モモに何を持ち掛けた!?」

「この一件とは別のことよ。悪い話じゃないわ」

 歩み寄りながら、凪徒に振り向いて嬉しそうに話す杏奈。

 しかし、

「杏奈さん……すみません。あのお話はお断りさせてください。とても有難いお申し出だとは思いましたが……やっぱりサーカスに残ります」

「え?」

 しっかりとしたモモの口振りに、杏奈は目線を引き戻して足取りを止めた。

「……井の中の(かわず)でいたいと言うの?」

 ややトーンダウンした杏奈の口調は、低く押し殺されていた。

「あたしは、井の中の蛙ではありません」

 モモは一度凪徒に目を向け、そして杏奈と正対する。

 モモの瞳はもう揺らいだりなどすることはなかった。

 もうあの時の、答えられない自分ではなかったから。