部屋の中は、暫し沈黙の空気に包まれた。
今回の下剋上は俺の負けで、再戦の予定をお願いしようと思ったのに、まさかの展開。

どうするのが、正しいのかーー……?

俺は、目の前に置かれた盃を見つめながら考えた。

『まだこの勝負は終わってないよ?
ツバたんがこの盃を飲んでくれなきゃ、終わらない』

そう言われた以上、その通りにするしか、この勝負を終わらせる方法はない。
この下剋上の勝負方法もルールを決めるのも、俺ではなくミヅクさんである以上、それ以外あり得ないのだ。

けど、そう分かっているのに……。
ならば俺は、何を躊躇(ちゅうちょ)しているんだろう?

そう、自分に問い掛けて、考えてみた。

本当は負けを、認めたくないからーー?
やっぱり死にたく、ないからーー?

どちらも、100%そうじゃない、とは言い切れない。
でも、しっくりこない。
"なんか違う"気がして、俺はふと視線を横に向けた。

すると、そこに居たのはジャナフ。
拳を握り締めて、身体を小刻みに震わせて、涙目で……。今にもその場を飛び出しそうな様子で、俺の事を見ていたんだ。

その瞬間に、思わず笑みが溢れるーー。

そしてそれと同時に、心に灯った暖かい温もりが、俺に答えを教えてくれたんだ。
俺が、この盃を飲めない理由は……。

「俺の事を、自分の事のように大切に想ってくれる人が……いるんです」

俺は視線を正面のミヅクさんに戻すと、自分の正直な気持ちを伝えた。

この時、俺の心の中にはジャナフ、ラン、ライ、レノア。そして、母さん、父さん、姉貴、兄貴……。自分にとっての、大切な人達が居た。

「俺は馬鹿だから、自分が誰かを護る事や、自分が誰かの為に犠牲になる事を、ずっと正義だと……。正しいと思って、今まで選択してきました」

そう、俺は……ずっと、傷付くのは自分だけでいい、って思ってきたんだ。
もしも自分の大切な人が、そんな風に考えていたら嫌なのに……。俺と言う自分自身が、1番、そう言う考えを持って、生きていたんだ。