自宅マンションの近くにできたブックカフェ「クヴェレ」に通うようになって一年。

 店内はそこまで広くないものの、飲食スペースと本棚スペースがきっちり分けられており、すっきりしている。
 飲食スペースの白い壁は、大きな窓から射しこむ陽光が反射してとても明るく見えるし、並んだブラウンのテーブルと椅子は統一感があり落ち着く。
 反対に本棚のスペースは様々な本が詰め込まれており、まるで森のようだといつも思う。

 そんな森の中の「クヴェレ」――源泉から、お気に入りのものを見つけて引き上げるように、わたしはこの店で本を読み、珈琲を飲み、穏やかな時を過ごす。

 でも毎日十九時には閉店してしまうため、平日仕事が終わってからでは間に合わず、かわりに土日に長居させてもらっている。

 店長の香代乃さんは明るくマイペースで、いつも美味しい珈琲を淹れてくれる。三十三歳だというのが嘘みたいに可愛らしいひとだ。
 スタッフで焙煎師のケイさんは、いつも笑顔で、香代乃さんよりマイペースな男性で、初めて話したとき「芙希子ちゃんっていうんだね、キコちゃんって呼んでいい?」と一気に距離を詰めてきた。

 最近では閉店間際にお客さんがいなくなると、三人で他愛ない雑談をしたり、そのまま晩ごはんを食べたりするくらい仲良くなった。

 香代乃さんとケイさんは微笑ましいくらい仲が良く、わたしは密かに、ふたりは公私ともに良きパートナーなのではないかと思っている。

 そんな、ある土曜日のことだった。

 この日も閉店間際にお客さんがいなくなると、ケイさんが厨房から顔を出し「キコちゃんごはん食べて行くでしょ?」と声をかけてきた。

 長めの髪を前髪ごとまとめてひとつに結んでいるため、小型犬のように愛らしい童顔がよく見える。

「いえ、そんなに毎週ご馳走になるわけには……」
「いいのいいの、二人分も三人分も大差ないよ」

 香代乃さんも「そうそう」と同意した上で「キコちゃんがこの後デートに行くっていうなら別だけどね」とからかう。

「お、カヨさんぶっこむねえ」
「でしょでしょ。キコちゃんがうちの店に通うようになって一年。恋の話なんて聞いたことがなかったけど、そろそろいいかなって」
「実は僕も気になってたんだよね、キコちゃんの恋バナ!」

 仲睦まじい様子のふたりを微笑ましく眺めている、と。閉店まであと数分の店に、ごくごく普通に男性が入って来た。