好きな人がいます

それから、数日後、社長室に呼び出された。

もちろん、社長である父に。

仕事とプライベートはきっちり分けたい私は、娘であっても、社長室にはノックをして入る。

「失礼します。社長、お呼びと伺いましたが……」

戸口の所でそう挨拶をしながら、目の端で応接セットのソファーに来客を確認する。

お茶だしなら、秘書がやるはず。

なんで呼ばれたのかな?

「ああ、綾愛(あやめ)、ここへ座りなさい」

父は、自分の横のソファーを指し示す。

「はい、失礼致します」

私は、お客様に一礼して、そこへ腰を下ろした。

向かいに座っているのは、私と同世代くらいの男性。

落ち着いたダークグレーのスーツは、ありふれた色目だけど、仕立ての良さを感じる。

オーダーかな?
まだ若そうなのに、おしゃれさんなのかな?

「こちら、日の出銀行の久保田さん。頭取の息子さんなんだ。久保田さん、娘の綾愛(あやめ)です」

父は双方を紹介する。

「こんな可愛らしいお嬢さまとご縁がいただけるなんて、光栄です。よろしくお願い致します」

ご縁って大袈裟ね。
たかが取引先で娘に会ったくらいで。

そう思ったものの、当然、口には出さない。

「はじめまして。横幕 綾愛(よこまく あやめ)と申します」

私は作り笑顔で小首を傾げて会釈をしてみせる。

綾愛(あやめ)、もうすぐ昼休みだろ。久保田さんをお食事にご案内しなさい」

えっ?

わざわざ案内しなくても、この辺りにはいくらでも食べる所あるけど?

怪訝に思いながらも、社長命令で接待なら、断るわけにはいかない。

領収書をもらって来れば、社費でおいしいご飯を食べられるし。

「かしこまりました。久保田さんは何か召し上がりたいものございますか? または、苦手なものとか」

私は頭の中に、普段は行かない、ちょっとお高めのお店をいくつか思い浮かべる。

「今は特に好き嫌いはありませんから、お任せします。どちらかと言うと、綾愛さんの好きな食べ物の方が知りたいので」

その言い回しに少し引っ掛かりを覚えながらも、いちいち反応するのも面倒なので、私は聞かなかったふりをする。

「そうですか。じゃあ、寒いので温かいものがいいですよね。すき焼きはいかがですか?」

私は、普段、自分のお給料じゃ行けない店を勧めてみる。

「いいですね。私も食べたくなりました」

そう笑顔で答えた久保田さんは、父に向き直って言う。

「では、お嬢さまをお借り致します」

すると、父はなぜか満足そうに頷いて、答える。

「ああ、久保田くん、頼んだよ」