色々と考えてむっつり黙り込んでいた私を見て、豊さんはため息をついた。

「ここまでこぎつけておいてなんだが、きみにとっては不愉快な結婚だろう。一度寝ただけの男に付け込まれ、公私ともに利用されているのだから」
「いえ……そんな」
「明日海」

豊さんが私の名を呼ぶ。私はどきりとし、彼を見つめた。こうしてはっきりと名を呼ばれたことがあっただろうか。フルネームで呼ばれたことは何度か会ったけれど、この呼び方は違う。

「きみと未来の生活にはなるべく立ち入らないようにする。せめて、ここで平穏に暮らしてくれ」

その言葉のトーンがどこか優しく感じたのは私の希望だろうか。

「今日は戻らない。ゆっくり休め」

豊さんはそう言って部屋を出ていった。



その日は荷解きをし、未来のお昼寝の後にマンションを出てベビーカーで散歩をした。
未来のオムツやベビー用品を購入できる店を探さなければならないし、スーパーなどもどこにあるか調べたかった。

あちこち歩き回り、マンション近くの公園に到着した。
公園といっても遊具があるわけではない。海にそそぐ運河に沿って石畳の遊歩道が整備されているくらいだ。ジョギングしている人や、犬の散歩をする人、ベンチで休む人、平日ののどかな公園の風景。
七月の終わり、夕暮れ時の海辺は少しだけ涼しい。
埋め立て地はドラマの中の世界のようで、いまだ非現実的に感じる。都内に住んでいたとはいえ、開発されたベイエリアにはあまりきたことがない。