未来が守れるならいいのだ。未来が安心して大人になれることが一番大事。笛吹製粉を、この人を敵に回さなければ家族を守れる。
それなら、私が取るべき選択は……。

「奥村明日海、俺と結婚するか」

ダークブラウンの瞳が私を射抜く。
その瞬間だけ、甘い感情が蘇った。二十代前半、ずっと想っていた人が私にプロポーズしている。それは愛の言葉ではない。契約の言葉だ。

「……はい」

私はかすれた声で答えた。
これが最善手なのか、今はわからない。だけど私はこの契約を受ける。

「それでは、食事をしながらこの先の条件などを決めよう」

豊さんはもう私を見ずに、事務的に言葉を紡ぐ。
彼が私をどう思っていてもいい。私が彼を好きだった過去は封印した。それはこの先、形ばかりの結婚生活に役立つだろう。
どこにいたって、私には未来がいればいいのだ。

未来が眠っている間に、私たちはこの先のことをあらかた決めた。入籍や引っ越し、それは奥村フーズの子会社化の予定と重なっているので、私の都合は考慮されないだろう。
未来はぐっすり眠り、起きたときも豊さんを怖がるような素振りはしたものの、それ以降は泣かなかった。

ホテルを出て、実家で決まったことを報告をし、私は未来と暮らす埼玉の街へ戻ったのだった。