私の青ざめた顔に、豊さんは嘲笑を浮かべたまま続ける。

「安心してくれ。そう思わせたいだけだ。きみにもその子にも危害を加えたり、不便な思いをさせる気はない。きみたちが俺といるだけで、奥村望への復讐になるんだ」
「人質みたいなものということですか」
「ああ、そう取ってもらっても構わない。今更、中安可世に未練があるとは言わない。形ばかりの婚約者だったしな。しかし、奥村望には方々に迷惑をかけた謝罪をさせたいところだ。出てきてもらいたいと思っている」

私が彼の傍にいれば、望を釣る餌になる。
好きな相手と駆け落ちまでしてしまった望だけれど、あの子自身は優しい子だ。私の窮状を伝え聞けば、動く可能性は充分にある。

「もちろん、きみは断ってもいい。奥村フーズの子会社化はそのまま話を進めるし、奥村社長の立場を取り上げるつもりもない。しかし、きみは二年前、俺に謝罪してくれた。弟の不始末だ、と。今も同じ気持ちがあるなら、誠意ある選択をしてくれると思っている」

ごとんと音がして、それが未来の手から落ちた哺乳瓶だと気づく。未来はミルクを飲むだけ飲んで寝てしまった。月齢からもげっぷはしなくて大丈夫かもしれないけれど、あまりに気持ちよさそうな寝顔と寝息に、一瞬今の状況がわからなくなる。
不穏な交渉を持ち掛けられている現状が悪い夢みたいだ。

「そこへ寝かせるといい」

テーブルの近くにベビーベッドが用意されてあった。子連れのゲスト用のものだろう。
私はそっと未来の身体を横たわらせた。お腹に毛布をかけて、ゆっくりと振り向く。

「私の人生は未来のためにあります」