「そうか」

ため息のように豊さんは答えた。視線は未来に注がれている。
未来は知らないところに来たことと、知らない男性に見つめられていることで、困惑したように眉間にしわを寄せている。

「まあ、席についてくれ。その子は、何を食べられるだろうか……」

豊さんが未来をもう一度見た瞬間、未来はひっくとしゃくりあげた。

「うあああああん、やあああああ」

未来が大声をあげて泣き始めた。

「すみません！」

私は謝り、慌てて未来を抱えなおし、あやすようにゆする。普段接しない男性の声が怖いのかもしれない。病院の男性医師や、散歩で会うおじいさんにも泣いてしまうことがあるのだ。

「いや、驚かせたようだ。食事の準備をゆっくり始めさせるから、きみはお嬢さんの面倒を見てくれ」
「はい」

私は抱っこ紐であやしながら、ポットに入れてきたお湯でミルクを調乳する。椅子に腰かけ膝にのせ、哺乳瓶を持たせると未来はようやく泣き止んだ。
自分で哺乳瓶を支え、んっくんっくと器用にミルクを飲みだす。私はサポートしながら、彼を見ずに訪ねた。

「この子があなたの子ではないなら、結婚する理由はありませんよね」

テーブルにはオードブルとワインが並べられてあった。彼はそのどれにも手をつけず、私と未来を眺めている。
それから息をつき、ゆっくりと答える。

「きみを妻にもらう意思は変わらない。奥村フーズと縁を結ぶことは笛吹製粉にとっては大事な要件。昔も話したが、俺の結婚は仕事の一部でね。有益な相手を選ぶのは当然の選択だ」