奥村フーズについて、その後大きな動きはなかった。

私の懇願がどこまで効いたかはわからない。しかし、父が目に見える圧力はないようだ。仕事量は変わらず、収入が極端に落ちるようなことはなかった。

私は弟・望の行方を、彼の友人たちを頼って方々探した。中安議員の手の者に見つかるより、私が見つけた方がまだ話し合う余地があるだろう。
とはいえ、恨み言以外何を話していいかもわからないのだけれど。少なくとも、息子の失踪に心を痛めている両親に、望の行方を捜してあげたかった。

また、何か仕事以外にやるべき作業があった方が都合がよかったというのもある。
豊さんとの夜を思い出さないように。一日でも早くこの気持ちを忘れてしまえるように。

そうこうしているうちにひと月が経った。
吹く風が少し涼しくなってきた八月の終わり、私は月のものが二週間ほど遅れていることに気づいた。
普段、遅れればすぐに気づく。しかし、ここしばらくの激動から、自分の体調についてはあまり気にせず過ごしてしまっていた。手帳に記された予定日より二週間近い遅れにはさすがに焦りを覚えた。

豊さんと抱き合った夜からひと月ほどが経っている。避妊はしたはずだ。しかし、何度も何度も抱き合った熱い夜。私は何度か意識を飛ばしてしまっていたし、彼も夢中だった。間違いが起こってしまった可能性もゼロではないだろう。