部屋に入るとろくに口もきかずに、交代でシャワーを浴びた。
私がシャワーから出てくると、彼はシャツにスラックス姿でクイーンサイズのベッドに腰掛けていた。

「こちらへ」

彼のムスクの香りがする。シャワーを浴びた後、普段のオーデコロンを付けなおしたのか、衣服に残っている香りなのか。

震えそうになる拳を握り、思った。
好きな人との一夜、一生の思い出にしよう。何度も何度も思い出して、心を温めよう。

彼がいつか別な人と結婚しても、私がいつか誰かを愛せるようになっても、この一晩だけは宝物として心にとっておこう。
こくんと喉を鳴らし、唾を飲み込んだ。





翌朝、髪に触れる優しい感触で目が覚めた。
今は何時だろう。室内が薄明るくなってくる時分だ。
始発はもう動いているだろうか。それなら身体を起こし、身支度をしなければ。

しかし、私はそれらの思考を一度放棄し、寝たふりをした。
もう少しだけ、こうしていたい。なんの気まぐれか知らないけれど、豊さんが私の髪を撫でているのだもの。ひと房すくって指に絡め、また戻して撫でる。そんな優しい感触を終わらせたくない。

とはいえ、いつまでも仮初の幸福に酔っていることはできない。私はやむなく、うっすらと目を開ける。豊さんが手を引っ込めた。

「おはようございます」

だらしなくシーツに寝転がったまま挨拶するわけにもいかず、身体を起こした。裸の胸元まで布団を手繰り寄せる。
枕元のデジタル時計が5:00を指していた。