そもそもここまで来たら警察沙汰な事件のはず。
「もちろん支配人はその彼女を訴えたりしたんですよね?」
「いや、警察には言ってない。初犯だったみたいだから厳重注意で見逃しただけだ」
「はっ!? 通報してないんですか!?」
今まで以上の驚きで、カウンター席から崩れ落ちそうな勢いで彼の方へと身を乗り出すように食いついた。
「誰がどう聞いたって、そこまでする人間が初犯なはずがない。そんなの頭の良い支配人だってわかっていたはず!」
過去の出来事とは言え、どうしても納得出来なかった私がなぜか必死に煽るように訴える。しかし当の本人は顔色1つ変えずに、氷が少し溶けたお酒をグッと喉に流しながら冷静な声で言う。
「あぁ、俺だってわかっていた。しかしな、これ以上《《事》》が大きくなって職場にいられなくなるのは避けたかった。その女とも二度と関わりたくなかったしな」
「そんな……」
あまりに桐葉さんが冷静だから、興奮していたこっちまでも落ち着きを取り戻していく。カウンターの前でマスターも複雑に、哀しそうな表情でグラスを磨いている。彼は桐葉さんの過去をを知っていそうにも思えた。
私ももう、これ以上なにも言えない。だから最後に1つだけ質問をした。
『今はもう……平気なんですか?』と―――



