「失礼する」

 凪とお互い俯いたままの沈黙に微妙な空気が流れるなか突如扉が開き、現れた人物に私達は驚いて声のした方へと顔を上げた。

 そこには目を細めてムスッと怒った表情をした桐葉さんの姿が。

「支配人? まだ帰って――」
「棗、仕事の話がある。来い」
「えっ!?」

 桐葉さんはジロリと凪の方へと睨みをきかせたかと思えばずいずいと真っ直ぐこちらに歩み寄り、いきなり私の腕を掴んでグイっと自分の方へと引いてそのまま事務所の外へと連れ出した。
 前にもあったな、こういう事。

「ちょっ、支配人っ」

 陽が完全に落ち暗くなった中庭まで連れて来られたところで、足を止めてようやく掴んでいた手を放してくれた。

「悪い。腕……痛かったよな」
「それは平気ですが……いったいどうしたんですか? 急にあんな事……」

 仕事の話をするのにこんな所に来る必要があったのかな、って疑問も浮かんだけれど、眉間に皺を寄せる桐葉さんの表情を見て”そういう事じゃない”って察した。

「もしかして……助けてくれたんです?」

 凪とのやり取りを見た桐葉さんには私が困っているように映ったのかもしれない。……と。
 すると彼は控えめな声で言う。

「あの男と一緒にいる時のお前は……いつも暗く沈んだ顔をしているからな」

 またムスッとしながらも、この言葉の意味に優しさが垣間見えた。