それもそうか。
 退職願を出して辞めようとしているのに、まさか上司が自宅に訪ねて来るなんて思ってもみなかっただろうから。

 それを理解しながらも、私は遠慮がちに核心に触れる。

「支配人から聞いた。仕事……辞めるんだって?」

 やはり聞いて欲しくなかったのか、彼女は強張った表情をし唇をキュッと噛み締めている。
 
 それでも私は続けた。

「やっぱり……先日の事を気にして?」

 すると茉莉愛ちゃんは俯いたまま小さく首を横に振り『それだけじゃないです……』と、か細い声で話し始めた。

「ずっと……棗さんが羨ましかった」
「私を?」
「仕事も出来るし、皆に優しいから慕われているから……」

 『そんな事はないと思うけど』と否定しても、彼女はまた首を横に振って受け入れてはくれない。

「それにカッコイイ彼氏までいて、いつも仲良くて……ズルイって思っていました」
「茉莉愛ちゃん……」
「だから欲しくなったんですっ! 棗さんが1番大切にしているものをっ それが……凪くんだった」

 それから様々な事実を聞かされた。
 悩んでいる凪に近付いた事、私に見せつける為に敢えてわかりやすく仲良いアピールをした事。そして……挑発も。

「全部……棗さんの言う通りでした。私は男性に好かれる事だけしか興味がないから、別に凪くんじゃなくても良かった。調子に乗りすぎたから……自分に返ってきた」

 そう涙ながらに告白する茉莉愛ちゃん。