優しい……けど、見方によったら下手すれば寝込み襲っているように見られてもおかしくない。
 良かったよ。『何してんの変態!』なんて叫ぶ事態にならなくて。

「あと他に必要なものはあるか?」
「えっ……と……」

 考えてみるものの、今必要なものが思い浮かばない。
 けれど以前から1つお願いしたい事があったのを思い出し――

「じゃぁ……そろそろ”お前”呼びはやめてくれません?」

 なぜかここで口走ってしまった。

「あ?」

 突拍子もなく発したものだから、桐葉さんは訝しい顔をしている。
 まぁそれもそうだよね。私もどうしてこのタイミングで言ったんだろ。

「すみません……関係のない事を言って」

 『どうして呼び方なんて』と溜め息を吐く彼に、また説教されるかもと思い身が竦んだ。
 
 しかし桐葉さんはスッと立ち上がり、表情1つ変えず私を見下ろしながら口を開いた。

「なんかよくわからんが、もう寝ろ。棗」
「え……あ、はい」

 何の前触れも、違和感もなく。
 さっそく”棗”と苗字で呼ばれた事に、自分でお願いしておきながらドキッとする私とは裏腹に、桐葉さんはそのまま部屋をあとにしていった―――
 
 ***

 結局、目が冴えたきり眠れずに朝を迎え、部屋の窓から朝日を眺めて見慣れない景色に”泊まった朝”を実感しながら私は洗顔とメイクを済ませ、先に彼のマンションをあとにした。

 ”色々とありがとうございました”と書置きだけ残して―――