ワインレッドにさよならを

 ドンっと、気づけば理香は無意識に誠一の身体を両腕で押し返していた。

「……だめっ、……だめ、です……」

 弱々しいながらも、ハッキリと口にしたのは拒絶の言葉だ。

 だめだ、だめだ。

 微かに残った理香の理性がアラートを告げている。

「……終わりにしましょう」
「どうしても?」
「どうしてもです」

 今でも誠一のことが好きだと思う。
 
 こんなにも胸が苦しくて張り裂けそうなほど、欲しくて欲しくてたまらないと思う。

 けれど、今の理香はそれよりも大切にしたいものがある。

「私、誠一さんのこと、……今でも好きだと思うんです。……もしも誠一さんが、今すぐ奥さんと別れて私と結婚してくれるなんて言ったら正直ぐらっときちゃうかもしれないな、なんて思うくらいには……誠一さんのこと、……好きなんです……」

 今だって好きだと思う。
 嫌いになれたらいいのに、そうはなれないし、人の心は厄介で、困ったことに簡単に恋心は捨てられない。

「でも、そんな未来こないってことぐらい、私にはわかってるんです」

 目を見て今度はハッキリと

「私、そこまで馬鹿じゃないです」

 誠一に告げる。


「誠一さんに釣り合う女になりたくて、精一杯背伸びしてました。……そうやって背伸びして無理して隣にいても未来がないってこと、……本当は最初からわかってたんです」

 だからさよならをしましょう、と。

 自分でも驚くほど、理香は穏やかに告げることができた。