ワインレッドにさよならを

「……そうですね……」

 どうしていいのかわからずに、理香はふいっと目を逸らせた。
 
 このまま見つめていたらまた見えない引力に引き寄せられてしまいそうで怖かった。

「か、買い物にきてて。でももう帰るとこで、い、急ぐので、それじゃあ、……」

 ほとんど自分でも何を言ってるかわからなかった。
 矢継ぎ早に言い訳のようなものを並べて、ぺこりとお辞儀をしてその場を去ろうと走り出す。

 土砂降りでも構わないと思った。
 雨に打たれるよりも今この場にいることのほうが理香には耐えられない。
 
 しかし突如暗い空が明るく光ったかと思うと、ドドーンと鋭い雷鳴があたりに響き渡った。

「ひゃっ……!!」

 情けない声を上げて、理香はその場にうずくまる。
 反射的に耳を塞いだけれど、遠くでゴロゴロと響く音に身が竦む。
 足ががくがくと震えて動けない。

 子供じゃあるまいし、情けない。

 立ち上がって今すぐ走れと頭ではわかっていても身体は思うように動いてくれなかった。

「おいで」

 優しい誠一の腕が理香の身体を抱き起こす。
 ふわりと香る、今は懐かしく感じる誠一の香水の匂い。

「送ってくよ」

 理香の身体が余計に強張った。

 誠一に縋りつきたい気持ちと、それではだめだという気持ちと、ごちゃごちゃになりながらも遠くで光る空が恐ろしくて誠一に素直についていくしかなかった。