「今日は本当にどうもありがとう、サマラ、レヴ。小さな魔法使いと妖精たちに、心から感謝する」

 城の近くまで送ったサマラとレヴに、バレアンは何度も感謝を述べた。後日改めて礼をすると言われたが、サマラたちはそれは断った。こちらも大人に内緒で来ているのだ、バレたら困る。

「でも、いつかこの恩を返すよ」

 バレアンはそう約束して去っていった。その恩返しが十年後に役立つといいなとサマラは密かに思う。……しかし。

 遠ざかっていくバレアンの背に向かって、レヴが杖を軽く振った。何をしたのかとサマラが目をしばたたかせていると、「俺たちの記憶を消した」とレヴが淡々と言った。

「え! なんで!?」

 驚いて急き込んで尋ねたサマラに、レヴは面倒そうに顔をしかめて杖で頭を掻きながら答えた。

「王太子……っていうか城のやつに顔覚えられると色々面倒なんだよ」

「そんな……。せっかく楽しい思い出が作れたのに」

「思い出自体は消えてねーよ。ただ俺たちの顔と名前が思い出せないだけ。妖精や魔法のことも朧気になってるけど、遊んだことはちゃんと覚えてるから安心しろ」

 バレアンが楽しい思い出自体を失っていないことには安堵したが、十年後に敵にならない計画はこれでパアだ。サマラは力なく笑う。

「そんじゃオレたちも帰るか」

 レヴが杖を振ると、再びエウロスが現れて体を抱きかかえてくれた。そしてサマラを屋敷の窓から部屋へ送り届けたあと、レヴは「じゃ、またな」とそのまま風に乗ってどこかへ消えてしまった。

「あー疲れた。でも楽しかったぁ!」

 サマラは靴を脱ぎ捨てながら、自室のベッドへ倒れ込む。腰に結んでいた組紐の鈴がチリンと鳴って、それを手に取って眺めた。

 子供だけで街に出た。たったそれだけのことなのに、大冒険をしたみたいだった。馬鹿みたいな買い物をいっぱいして、手を繋いで歩いて、おやつを食べて、途中で王太子様と出会って、みんなで象を見た。思い出すだけで胸のワクワクが蘇ってくる。

 サマラはピカピカに光る象と鈴をギュッと手のひらに握り込むと、胸に抱いてクスクスと笑った。
 きっと、小さな冒険にこんなに胸弾むのは子供の特権だと思う。

(大人に内緒で子供だけで街に出るなんて、いけないことだよね。ごめんなさい、ディー。でも私、後悔しないよ。だってすっごく楽しかった!)

 今日あったことを思い出してベッドでコロコロと転がりながら笑っていると、屋敷の門が開く音がした。ディーが帰ってきたらしい。

 サマラはベッドから跳ねるように起きると、急いで靴を履いて部屋から飛び出した。本当は今日あった楽しかったことをディーにお喋りしたいけど、それは秘密だ。口角の上がってしまう口を人差し指で「シー」と押さえつけ、クスクスと笑いながらサマラは階段を駆け下りる。

 そして城の謁見から帰ってきたディーに、「おかえりなさい、おとーさま!」と勢いよく抱き着いた。
 
 END