※サマラ17歳 小説版本編後のお話になります。ネタバレを含みますので注意。


 それは社交界シーズン真っ盛りの十二月のこと。

 バリアロス王国の貴族ステュアート伯爵の屋敷では煌びやかな晩餐会が開かれていた。真っ白なクロスが掛けられた長い卓にはざっと二十人ほどの客人が着き、テーブルには目にも鮮やかな料理が次々と並ぶ。

「今宵は新しい料理人に腕を振るわせさせました。どうぞご堪能ください」

 国内でも美食家として名を馳せるステュアート伯爵が、意気揚々と客人に声をかける。そして席に並ぶひと際目立つ美貌の男に目を留め、「アリセルト閣下にもご満足いただけたら幸いです」とやや緊張気味に笑顔を作った。

 人嫌いのディーは滅多に社交界に出ないことで有名だ。しかし彼はこの冬から積極的に夜会や晩餐会に出席している。――サマラとレヴをつれて。

 人間になりアリセルト家で預かられているレヴは、おそらく将来ディーのあとを継いで魔法大臣と魔法研究所所長の座を継ぐだろう。そしてサマラと結婚すれば魔公爵の夫として貴族の一員となる。

 だが今まで人目に触れずに育てられたレヴは社交界での知名度が低い。

 ディーはレヴとサマラの顔を社交界で知らしめるため、今年の冬から積極的にふたりを社交界に連れ出すようになった。

 バリアロス王国の社交界デビューは十六歳で、成人年齢は十八歳だ。あと一年と少しでサマラもレヴも魔法研究所での見習い期間が終わり、正式に魔法官となる。本格的に大人の仲間入りをする前に子供らの顔を広めておいてやろうという、不器用なディーなりの親心であった。

「これなんだって?」

「ク……クィンなんとかって言ってたような……」

 小さなパイのような料理が載った皿を前に、隣り合って座っているレヴとサマラが小声で話す。人間と同じ食事をとるようになって数ヶ月のレヴには、まだまだ初めて出会う食べ物が多い。ようやく味覚というものにも慣れ、己の趣向がぼんやりとわかってきたばかりだ。

 そんな彼にとって美食家の開く晩餐会はまさにおっかなびっくりであり、見慣れぬ料理を前に「おい、この草も食べていいのか?」「これもオードブルか? それとももうアントレなのか?」と隣のサマラに小声で伺いながら食事を進めていた。

 しかしサマラも聞きなれない料理を前に小首を傾げていると、向かいの席から「クィンキネッリ、ラビオリを油で揚げた異国の料理ですよ」と助け船が出された。ふたり揃って顔を上げると、向かいの席のカレオが楽しそうに微笑んでいた。

 社交界で人気者のカレオはあちこちの夜会に引っ張りだこで、今日もこのステュアート伯爵の晩餐会に招かれている。偶然か計らいか、席はサマラたちの向かい側であった。

「ありがとうございます、カレオ様」

 サマラが小声で礼を告げ眉尻を下げて笑みを浮かべると、カレオも目を細めて頷く。レヴは料理の正体がわかって安心したのか小さなそれをひと口で食べ、「ただのミートパイじゃん」と感想を述べていた。

 そうこうして料理の提供は進み、肉料理が終わって皿が下げられたテーブルにはアントルメが運ばれてきた。縁に金の模様が入った白い皿の中央には濁った半透明の塊が載せられている。それを見た瞬間、ディーの、サマラの、カレオの目が微かに見開かれ全員が口を引き結んだ。