※サマラ12歳


 魔法使いは俗世と一線を画している――とはいうのは一昔前の話かもしれない。

「でね、でね、この『Fluffy』ってお店の服がす~っごく可愛いの!だからお父様、お願い!」

 居間のソファー腕を組み渋い顔をしているディーの腕を掴んで揺さぶり、サマラは一生懸命におねだりする。もう片方の手に持っているのは最近王都にオープンしたばかりの服屋の広告だ。そこには様々な服の見本絵が描いてあるが、そのどれもが大小ペアになっている。

「せっかくのお父様とのお出かけだもん。一番素敵なペアルックを着てみんなをあっと言わせたいなあ」

 眉間に皴を刻んだままディーは広告をチラリと見やり、そこに書かれている『大流行 父娘ペアルック』という文字に深くため息をついた。


 サマラはこの夏12歳の誕生日を迎えた。思春期の少女というのに相応しい年齢だ。お洒落に目覚め、同性の友達とその話題で盛り上がるのが楽しい時期でもある。

 人嫌いのディーはほとんど社交界に出ていないが、サマラは魔法使いや一般貴族の令嬢とそこそこ交流がある。これは数年前、カレオがディーに助言したからだ。『サマラ様の健やかな成長と将来のためにもお友達は絶対に必要ですよ』と。

 ディーほどの魔力と権力があれば孤高でも生きていくのは難しくないだろう。けれどサマラは違う。大人になったとき彼女がどんな生活を送るかはわからないが、人間と繋がりを持たず生きていくことはないはずだ。

 そもそもサマラはディーと違い人嫌いではない、むしろ社交的な性格をしている。そんな娘に同年代との繋がりを作らぬまま育てるのは、確かに良いこととは言えなかった。

 そんなわけでカレオの協力もあり、今のサマラには仲の良い同性の友人が何人かいる。最近では互いの家でお茶会をしてガールズトークに花を咲かせるのが、毎月の楽しみだ。

 魔法使いの少女もいれば、魔力のない普通の貴族の少女もいる。魔法使いと一般人では暮らしの在り方が多少違うが、それでも少女たちが花咲かせる話題といえば同じだ。流行のおしゃれ、甘いお菓子、素敵な音楽や本に、淡い恋の話。

 そんなサマラのワクワクガールズトークで、最近とても盛り上がっている話題がある。それが、王都にオープンした少女向けドレスショップ『Fluffy』の話だ。

 この店は主に十代の令嬢をターゲットにしたドレスを揃えているが、中でも大人気なのが親子ペアルックシリーズだ。特に父と娘のペアルックは王都の貴族やお金持ちに爆発的な人気で、いまや大流行となっている。

 父親のベストと娘のスカートを共布にしたり、父親のハットと娘のボンネットの飾りを同じにしたり、父親の三つ揃いと娘のドレスをフルコーディネートしたり、ペアの形は様々だ。けれどどれも仲の良いハイセンスな父娘という印象を与え、羨望の眼差しを集めた。

 サマラは友人たちが父親と『Fluffy』の服を着て街を歩いたり、パーティーに出席したという話を聞いて、心の底から羨ましく思った。俗世間が嫌いで人間が嫌いで社交界も嫌いなディーが果たして父娘ペアルックなど着てくれるだろうか。無理だ。考えるまでもない。

『いいな。うちのお父様はペアルックとか天地がひっくり返っても着てくれなさそう』

 お茶会でため息をついたサマラに、友人たちはディーの評判を思い出して『あー……』と苦笑いした。しかし。

『案外わかりませんよ。大魔法使い様はサマラ様を大変可愛がってますもの。内心サマラ様とペアルックを着たいと思ってるかもしれませんよ』

 ひとりの魔法使いの少女がそんなことを言い出した。すると別の貴族令嬢が、悪戯っぽく肩を竦めて口を開く。

『そうそう。父親とは娘に甘いものなんですから、可愛くおねだりすれば魔公爵閣下とて、きっとわがままを聞いてくださいますわ』

『そ……そうかな』

『そうですわよ! 娘の可愛さに勝てる父親はいないって、うちの父が言ってましたもの!』

 そんなわけで友人たちに背中を押されたサマラは、この日の夜勇気を出してディーに『Fluffy』のペアルックをおねだりしてみたのだった。