ハラハラしながらディーが手を止めようとすると、サマラは振り返って虚ろな目をしたまま口を開いた。

「邪魔しないでください……。私は……私は、おにぎりがどうしても食べたいんです……!」

「……おにぎり……?」

 怪訝そうに顔をしかめるディーの手を振り払って、サマラは再び小麦粉をチネる。娘から発せられる謎の執念に、ディーはもうひとすじ汗をこめかみに流した。

「なんだか知らないが、食べたいものがあるなら買ってやるから今はもう寝ろ。ほら、その不気味な粒の山から離れろ」

「いや! 私は自分でおにぎりを作るんです! 鮭おにぎりー!!」

 次の瞬間、サマラはディーの魔法で強制的に眠らされていた。
 ディーはグウグウと眠る娘を腕に抱きかかえながら、作業台のチネリ米を横目に見てその謎の不気味さに顔をひきつらせる。

「……何がしたかったんだ、こいつは。寝ぼけていたのか……?」

 ディーに数々の謎とチネリ米の残骸を残したまま、不気味な一夜は過ぎていったのだった。


 翌朝。朝食の席でサマラは当然のことながら、ディーから滾々とお説教と質問攻めをくらった。

 自分でも昨夜はどうかしていたとサマラは思う。おにぎりへの執念が募りすぎて暴走してしまったとしかいいようがない。
 しかしディーに前世の話をするわけにもいかないので、サマラは「どこかの国の〝おにぎり〟という食べ物の話を小耳に挟んで作ってみたくなったんです」と苦しい言い訳をするしかなかった。

 ディーにはとことん呆れ返られたが、娘がまた奇行に走っては困ると思ったのだろう。なんとあれこれ情報と手段を駆使して、翌月には米と海苔を異国から取り寄せてくれた。

(この世界にあったんだ……! お米と海苔!!)

 サマラは驚愕し感動したものの、考えてみれば港町の市場などでメイザー大陸以外の文化があるのを見てきたのだ。ゲームには出てこなくとも、大陸外にも国と人と文化は存在している。そう考えれば、米と海苔があるのも何も不思議ではなかった。

 ディーに「悪い妖精にでも憑りつかれたのかと思った」などと心配させるくらいなら、初めから阿呆な作戦など立てず頼ればよかったと、サマラは心底思ったのだった。

 こうしてサマラは念願の鮭おにぎりに舌鼓を打ったものの、残念ながらディーには合わなかったようだ。というより、あの夜に見たチネリ米の不気味さが忘れられないのだろう。

 暗闇にズラッと並ぶ白い粒が軽くトラウマになった彼は米を口にすることができず、美味しそうにおにぎりを頬張るサマラを見ても眉根を寄せていた。

 そのせいでせっかくおにぎりを開発したにも関わらずサマラ以外に食す者もおらず、ディーが再び米を取り寄せてくれることもなく、メイザー大陸におにぎりが広まるような異世界お料理革命は、残念ながら起こらなかったのである。