そして三日後の夜――。

 屋敷の家事妖精たちが静かになったのを見計らい、サマラは厨房へと忍び込む。
 そして腕まくりをすると、作業台に小麦粉と水を用意した。

 あれから頭をフル回転させ、サマラは思い出したのだ。前世で見たとあるバラエティ番組で〝なんちゃって米〟を作っていたことを。

「水を混ぜた小麦粉の塊を、こうして米粒大に小さくちぎって丸めていって、最後にまとめて茹でれば……」

 完成したところで果たしてそれは米に近い食感なのだろうか。その疑問は番組の放映当時から言われていた疑問だが、今のサマラにはこれしか手立てが思いつかない。手に入る食材も限られているし、とりあえず深く考えず挑戦することにした。

 海苔の代用品はバジルの葉を使うことにした。厄除け効果のあるバジルは屋敷の庭で栽培されており、入手も簡単だった。風味という点では程遠いどころか完全別物ではあるが、炙ってパリッとさせれば食感くらいは似るのではないかという、悲しいほどに浅慮な発想だった。

 シンと静まり返った夜中の厨房。仄かな蝋燭の明かりの中で、サマラは一心不乱に小麦粉をチネる。作業台の上には小さな白い粒が点々と並んでいき、不気味な光景だった。

「チネリ……チネリ……」

 小一時間ほど過ぎた頃から、サマラは眠気と過集中がミックスしてトランス状態になってきた。もはやなんの感情もなく虚ろな目で白い粒を生成していく。肝心の鮭を用意し忘れていることにすら気づいていない。

 そのときだった。

「何をしているんだ、こんな時間に」

 手に燭台を持ったディーが厨房に入ってきた。
 家事妖精の誰かが厨房の異変に気づき、ディーに報せたのだろう。

 しかし声をかけられてもサマラは振り返らなかった。それどころか「チネリ……チネリ……」と呟きながら小麦粉をチネることをやめない。

 異常な空気を感じてこめかみに汗をひとすじ流したディーは、背後からサマラの手もとを覗き込んで顔を引きつらせる。
 娘の小さな手もとには白い粒がビッシリと整列していた。これがいったいなんなのか、ディーにはさっぱりわからない。いや、おそらく小麦粉の塊なのだろうが、何故どんな理由があって娘がこれを大量生成しているのか皆目見当もつかない。

 仄暗い明かりの下、遠い目をして一心不乱にチネリ続ける娘に、ディーは言い表せぬ何か不気味なものを感じた。

「おい、やめるんだ。遊ぶのなら昼間にやれ。もう寝ろ」