ディーは言った。サマラと再会した日に、「好き嫌いなどない」と。
 それがとんでもない嘘だとサマラが知ったのは、王都に来て一ヶ月が経った頃。所用があって街へ出たディーとサマラは、昼食を適当なレストランでとることになったときだった。

 サマラはディーと外食するのは初めてだ。人嫌いのディーは街へ出ても用事が済むとさっさと屋敷に帰ってしまう。サマラが強請ればお菓子やケーキなどお土産に買ってはくれるが、共に店で飲食をするのはこのときが初めてだった。

 店はいわゆる上級貴族用のレストランで、店内の装飾も雰囲気も高級感が漂っている。店員は滅多に外食しないといわれている魔公爵が初めて来店したことに驚き、急いで個室を用意し、支配人が挨拶に来た。

 超セレブな扱いにサマラは内心ビビったが、それはそれとしてディーと初めての外食に胸を弾ませた。

「おとーさま、何にします? お肉もお魚もおいしそう」

「選ぶ必要はない。勝手に見繕って出してくれる」

 どうやらおまかせでコース料理が出てくるらしい。サマラとしてはメニューを選ぶ楽しさも味わいたかったので残念だが、運ばれてきた料理はどれも見目麗しく味も良く、肉料理も魚料理も両方堪能できる内容だったので、満足した。

――しかし。途中でサマラは気づいた。

「あれ? おとーさま、もう食べないの?」

 ディーは前菜の皿にほとんど手をつけなかった。煮込み料理も、肉料理も、魚料理も、チーズも、何かしら残っている。

「……気にするな」

 ディーはそう言って口もとをナプキンで拭うと、食後のコーヒーを運ぶよう給仕係に命じた。彼の皿がどれも平らげていないのが気になったのだろう、コーヒーと共に支配人がやってきて「お料理はいかがでしたか?」と恐々と伺った。

 ディーはチラと支配人を見てからサマラに視線を移すと、「うまかったか?」と尋ねる。彼と違いどの皿も綺麗に食べ尽くしたサマラが「とってもおいしかったです」と素直に答えると、ディーは「だそうだ。また来る」と支配人に告げて、あとは黙ってコーヒーを飲んだ。

 支配人は安堵したようだったが、それでもどこか納得のいかない顔をしていた。サマラも同じだ。また来るということは、この店が気に入らなかったわけではないのだろう。ならば何故あんなに料理を残したのか。浮かぶ答えは一つしかなかった。

(ディーってもしかして……すっごい好き嫌い多い?)

 思い返してみれば彼の皿に残っていたものは、どれもアリセルト邸の食卓で出たことのないものばかりだった。ポロネギ、ガルムソース、アーティーチョーク、マトン、詰め物をした肉、レバー、グリーンピース、コリアンダー、クミン、トリュフ、マッシュルーム、牡蠣、鯉、マリネ、野菜のゼリー寄せ、熟成チーズ……。

 アリセルト邸の食事はディーの使い魔である家事妖精が作っているのだから、彼の意に反する物をわざわざ出したりしない。だからサマラは今まで彼の超偏食に気づかなかったのだ。

(うわっ! ディーってわがまま! 子供!)

 サマラは必死で笑いをこらえた。いつだってクールで、大陸で一番知的ですよといわんばかりに涼しい顔をしている彼が、食に関しては子供顔負けの未熟っぷりだ。ウナギのゼリーが苦手だと知ったときも可笑しかったけど、それどころではないギャップだ。

 しかしそれはそれとして、感心しないことも確かだ。あんなに料理を残しては作った人にも食材にも申し訳ない。だからといって「好き嫌いして残しちゃ駄目ですよ」なんて幼い娘に叱られたら、彼が臍を曲げるだろうことはわかっている。

 レストランを出て馬車まで歩きながら、サマラはディーと手を繋いで言った。

「おとーさま、今度はお任せじゃなくてメニューからお料理を選びたいです。選ぶのは楽しいし、好きなものをいっぱい食べたいし」

 お任せコースよりメニューから選んだ方が、極力苦手な食材や料理を避けることができるはずだ。その方が作る側も食べる側も残念な思いをしないで済む。

 ディーも初めて入った店とはいえ、嫌いな食べ物があんなに連続で出てくるとは思わなかったのだろう。さすがに残しすぎたと内心反省しているのか、素直に「わかった。そうしよう」と頷いた。

 その声が微妙にしょげているようにサマラには聞こえて、やっぱり可愛いなと密かに思ったのだった。