10月31日、サウィンの夜。
こっそりとアリセルト邸の敷地に忍び込んだふたりは納屋を目指す。玄関にはすでに篝火が焚かれていた。
「小さき守り人、守りの門。ここは道、人をいざなう道。我は許しを得た旅人」
レヴが納屋の錠に干渉すると、鍵は容易く開いた。錠にはディーの魔法ががかっていたが、同じ魔力を持つレヴなら開けられるらしい。
(そっか、同じ魔力だからいつも屋敷の監視も掻い潜れるのね)
大陸一の魔法使いの縛りも、器用に同種の魔法を使いこなすレヴには通用しないようだ。魔法の応用という点では、レヴはもしかしたらディー以上に巧みなのかもしれない。
「えーと、水鏡はっと……」
真っ暗な納屋で月明かりを頼りにふたりで水鏡を捜す。あまりに中が見えないのでサラマンダーに火をつけてもらおうとしたときだった。
「誰だ」
納屋の入口に影が落ちて、月明かりが遮られる。振り返るとそこに立っていたのは、ランタンを手にしたディーだった。
ヤバいと思い、サマラの全身に冷や汗が滲む。レヴは急いで水鏡を捜し、サマラは彼の姿を隠すように前に立った。
「サウィンだから悪霊でも出たかと思いきや、盗人か? ……どうやってここの錠をあけた。魔法がかかっていたはずだ」
ディーが近づいてくる。サマラはハラハラしながらもその場から動かなかった。
サマラとディーが対峙する。まだ年若いディーは大人のときより、少しだけあどけない。最初はレヴによく似ていると思ったのに、なんだか今はあまり似ていないような気がした。
ディーはディー。レヴはレヴだ。器は同じでも魂の在り方がまるで違う。
「誰だ、お前は」
再び尋ねるディーに、サマラは可笑しくなって小さく笑った。『私はあなたの娘です』と答えたら彼はどんな顔をするだろうか。
「お父様」
サマラは一歩前に出ると彼の金色の瞳を見上げて微笑む。
「お誕生日おめでとうございます。……あなたの人生にたくさんの祝福がありますように」
あまりに予想外だったのだろう。突然父と呼びかけ誕生日を祝してきた少女を、ディーは目をまん丸くして見ている。
「お前、何を――」
言いかけたディーの声を、「あった! 水鏡あったぞ、こっち来い!」とレヴの大声が遮る。サマラは踵を返すとレヴのもとへ走り出した。
「おい、待て! お前は誰だ!」
叫ぶディーに、サマラは振り返り刹那微笑む。隙間から照らされる月明かりに一瞬靡く赤い髪が映され、それは夕暮れの雲のようにすぐに闇に紛れて消えてしまった。
サマラがレヴにしがみつくと同時に、十八時の鐘が鳴る。レヴが魔力を送り込むと水鏡は光を放ち、そのままふたりの体を吸い込んでしまった。
納屋はシンと静まり返る。水鏡から光が消えると辺りは暗闇に包まれ、たった今ここに人がいたことなど幻のようだった。
ディーはそこに立ち尽くし、妖精でも幽霊でもない赤髪の少女のことをしばらく考えていた。


