転生悪役幼女は最恐パパの愛娘になりました 番外編

「言ってたじゃん、守りたい人がいるから竜退治にいくって。アリセルト閣下はもともと金も名誉もあるし、そもそも本人はそんなのに興味もないし、危険な竜退治にいく理由なんかないんだ。それをナーニアひとりのために行くんだからよっぽど好きなんだろ」

 ディーは無表情で言葉足らずで態度も不器用で、本当に愛情がわかりにくい。けれどそれでも愛情に偽りはなく自己犠牲も厭わないほど真摯で大きいことを、サマラは誰より知っている。それがナーニアにはわかっていないことが、もどかしい。

「ナーニアに、なんとかお父様の愛情を伝える方法ってないかな。確か恋を叶えるのが得意な妖精っていたよね。この二日間で探さない?」

 突飛なことを言い出したサマラに、レヴは目をまん丸くする。

「は? お前なにするつもりだよ」

「だって……! ナーニアのために命がけで戦うのに、ナーニアはセクトのことが好きなんて、あんまりだよ……。ナーニアだってお父様の気持ちがちゃんと伝われば、きっと好きになるはず」

 セクトには悪いが、仕方ない。愛のために勇気を出して行動に移したのはディーだ。臆病者が愛の戦いに負けるのは自然の摂理でさえある。

「お父様が裏切られるなんて間違ってる。私はお父様に悲しんでほしくない……」

 涙目になっていくサマラに、レヴは困ったように眉根を寄せながらその涙を指で拭いた。

「お前、自分が何言ってるかわかってんだよな? アリセルト閣下とナーニアがめでたしめでたしになったら、お前……この世に生まれないんだぞ」

 サマラは唇を噛みながらコクリと頷く。

 もし未来が変わったら、その瞬間にサマラはこの世から消滅するだろう。今まで生きてきた軌跡の欠片も残さずに。

 けれどそれでも構わないとサマラは思う。誰も覚えていなくとも、サマラ・ル・シァ・アリセルトの痕跡がなくなっても、ディーから愛情をもらった日々は自分の中にある。

 本当なら誰からも愛されず惨めな人生を十六歳まで歩んで終わるだけの魂だった。それをこれほど満たされた十七年間にしてくれただけで満足だ。思い残すことはない。

 言葉では言い尽くせない「ありがとう」をディーにあげたい。世界で一番大好きなお父様のために、彼の未来を明るく照らしてあげることができるなら本望だ。

 きっとサウィンに起きたこの奇跡は、サマラがディーへ最大の恩返しをするチャンスを神様が与えてくれたに違いなかった。

「だって私……本当はうんと悪い子になるはずだったのに、お父様がこんなにいい子に育ててくれたんだよ。お父様が私の、サマラの全部なの。私はお父様を幸せにしたい……悲しい思いをさせたくないよ」

 すっかり泣いてしまったサマラを、レヴは抱き寄せて頭を撫でる。普段は少しお姉さんぶったところがあるサマラが弱弱しくなると、レヴはどうにもいつもの軽口が出てこなくなってしまうのだ。

「お前優しいな。でも俺は反対だよ。お前がこの世からいなくなるのも嫌だし、魔法でどうこうしたところでアリセルト閣下は幸せになれないと思う。セクトがあきらめたところで、ナーニアはいつかきっと同じ過ちを繰り返そうとするんじゃねーかな。そんときはきっと、閣下はもっと傷つくと思うぜ」

 レヴの言葉は説得力があった。根本的な問題はきっと三人のすれ違いではなく、ナーニアの心だ。悲劇の恋に酔いしれ周りが見えなくなる彼女は、ディーと結ばれたとしても次の恋を捜しかねない。例えどれほどディーが一途に愛そうとも。

「おとーさまのためを思うなら、あの女は離れたほうがいいと俺は思うけどな」

 他人である分、レヴの方が冷静にナーニアを見ているのかもしれない。生まれたばかりの子を置いて逃げた女に、まともな愛を捧げても無駄だと。

 顔を上げたサマラの涙を親指で拭いながら、レヴはニッと歯を見せて笑う。

「それに閣下とナーニアが結ばれたら、俺も消えるんだけど」

 サマラはハッとすると、思いっきり首を横に振った。自分が消えるのはまだしも、レヴが消えるのは駄目だ。

 レヴは可笑しそうにいつもの笑みを浮かべると、両手でサマラの頬を包む。

「俺もお前も、アリセルト閣下の悲劇の産物だ。でも物語と違って悲劇は悲劇のまま終わらないだろ? あれから十七年が経って、閣下は今でも不幸なのか?」

 その問いに、サマラはディーの姿を思い浮かべてゆっくりと首を横に振った。

 父娘の再開から十二年。サマラは幸せだったが、ディーもきっと悪くない日々だったに違いない。サマラを『俺の娘』と呼び、笑顔を取り戻すほどには。

「帰ろう、サマラ。何もせずに。閣下のために頑張ってプレゼント作ったんだろ? 渡しに行かなくっちゃな」

 笑いかけるレヴに、サマラも目を細めて頷く。やんちゃで傲慢な小さな魔法使いは、いつの間にかこんなにも心に寄り添ってくれる男の子になった。サマラは頬を包む彼の手に自分の手を重ね「ありがとう、レヴ」と囁く。

「そんじゃ街にでも行こうぜ。せっかくだから伝説の巨大竜を見にいくのもいいな」

 サマラが笑顔を取り戻したのを見て、レヴは手を引いて歩き出す。「巨大竜はやめて! 好奇心で死にたくない!」と慄きながらも、サマラは手を握り返して微笑んで歩いた。