10月31日のサウィンは魔法使いにとってとても大切な日だ。魔法使いは一年を光と闇の季節にわけるが、サウィンはちょうどその境目になる。

 光の季節が終わり闇の季節に移るこの日は、現世と常世、過去と未来の境目があいまいになり霊や悪い妖精がこの世に出てきやすい。そのため屋敷の外に供物を置き、魔力の籠もった篝火を焚いて夜を迎えるのが魔除けになっていた。

「おっかない魔物が入ってくるぞ。しーらね」

 からかうレヴの手を掴んで、サマラは「ふざけてないで手伝って!」と慌てて部屋から出る。サマラは篝火の準備をディーから命じられていたのに、母の登場に気を取られすっかり忘れていたのだ。

「えーっと、篝火の台はっと……」

 ランタンに火をつけ納屋に入ったサマラは、篝火用の台と薪を探す。レヴも手伝ってくれたが、中が暗くてなかなか見つからない。

「ひゃっ! なんか顔にくっついたあ!」

「落ち着け、どうせクモの巣とかだ――うわぁっ!」

 どうやら何かに蹴躓いたようで、レヴがサマラの後ろから倒れ込んできた。

 押されたサマラは「きゃあっ!」という声と共にバシャッと水音を立てる。手をついた先に水があったらしい。――そのときだった。

 ガラーン、ゴローンと遠くから教会の鐘の音が鳴り響く。十八時の合図だ。その瞬間サマラの手もとの水が眩い光を放った。

「えっ! な、何!?」

「!! サマラ、そこから離れろ!」

 サマラが手をついたのは水鏡用の器だ。ディーが遠く離れた場所と通じるため使用している物だが、特殊な魔法で加工され常に水が張った状態になっている。

 桶ほどの大きさの器に、どういうわけかサマラの腕がズブズブと沈んでいく。サマラは焦りながら腕を抜こうとするが抗えないほど強い力で引き込まれてしまう。レヴもサマラの体を掴まえて引っ張るが、とても敵わない。

「ちょっ! 何これ!? わ、わわっ」

「クソ! サマラ、俺を離すなよ!」

 踏ん張るのをあきらめてレヴがサマラの体にしがみつくと、ふたりの体はまるで魔法のようにスルンと水鏡の中へ吸い込まれてしまった。

 納屋には誰もいなくなり、開け放たれた扉から差し込む月明かりが見鏡に反射してキラキラ光っていた。



「きゃぁあああ!!」
「わぁああああ!!」

 河の中のような不思議な空間を一瞬で通り抜けたかと思うと、サマラとレヴの体はポーンと水鏡の外へ放り出された。ふたりはそれぞれお尻と頭を打ち、「いった~」「いって~」と呻く。

「な、何が起きたの?」

 サマラは涙目でキョロキョロするが、周囲はさっきの納屋の中だ。特に変わったところはない……と思いきや、やっぱりおかしい。

「なんかさっきと道具の並びが違う……よね?」

 レヴはぶつけた頭をさすりながら立ち上がって、納屋の外へ出てみた。そして辺りを凝視したあと、「ん」と顎をしゃくってサマラに外を見ろと促す。

 表の景色を見て、サマラはどんな異変が起きたのかすぐにわかった。

 このアリセルト邸は王宮から近く、屋敷の敷地からは城の尖塔が見える。
 しかし、それは数ヶ月前までのこと。魔人の出現で破壊されたせいで、今はその尖塔はない。それなのに……