――十日後。
 その日は星のよく見える夜だった。

 サマラはブラウニーから新しい湿布薬と包帯を受け取ると、それを持って客室のドアをノックした。

「どうぞ」の返事を待って中に入ると、大きく開け放たれた窓の向こうのベランダで、カレオは空を眺めていた。

「カレオ様、起きて大丈夫なの?」

 ベッド脇のテーブルに湿布と包帯を置いてから、サマラはベランダに出てカレオの隣に並んだ。カレオはいつもの柔和な笑みを浮かべると、「平気ですよ。あんまり動かずにいたら逆に体がなまっちゃいますから」と、まだ包帯の取れていない手をブラブラと振って見せた。

 リンピン国に拘束されたとき、カレオは兵士たちと戦って怪我をしていた。手の骨と肋骨を骨折していて、足首の骨にもヒビが入っていた有様だ。ディーはカレオを自宅には帰さず、自分の屋敷に置いてブラウニーに看病させた。見舞に部屋を訪れたことは一度もないが、ブラウニーから毎日怪我の様子は聞いているようだ。

 サマラは毎日カレオの部屋に顔を出し、新しい包帯に変えてあげたり喋り相手になってあげたりしている。

 カレオはすっかりいつもと変わらないように見えるが、あれからリンピン国の話は一度もしていない。サマラとしては聞きたいことはいっぱいあるが、なんとなく聞けないまま十日が経ってしまった。

「昼間に雨が降ったからですかね、今夜は空が澄んでて星が綺麗ですよ」

 欄干に頬杖をついた姿勢で空を眺めるカレオは、どこか懐かしいものを見るような目をしている。サマラは空いっぱいに散らばった星屑を見上げて、口を開いた。

「……覚えてます? ずっと前に『いつか祖国の満天の星を見せてあげる』ってカレオ様が言ったの。カレオ様の祖国は……リンピン国は、こんなふうに星がよく見えるんですか?」

 その質問に、カレオはサマラの方ではなく空を見上げたまま答えた。

「そうですよ。リンピンの星空はすごいんです。特に砂漠は街みたいに明かりがありませんから、それはもう鮮やかに星が見えて。〝満天の星〟って言葉がぴったりの光景ですよ」

 その言葉からは、彼の祖国に対する深い愛がひしひしと窺える。サマラは少しためらって口をモゴモゴ動かしてから、思いきって尋ねた。

「……カレオ様はやっぱりリンピンへ帰って王様になりたいの……?」

 その問いに、すぐには答えは返ってこなかった。

 カレオは空を見上げたまま目を細めると、「うーん」と悩まし気な声をあげてから「サマラ様や閣下と離れるのは寂しいなあ」と困ったように笑った。

 そして頬杖の姿勢のまま顔をサマラに向けると、彼らしい柔らかで優しい笑みを浮かべた。

「ねえ、サマラ様。もし俺がリンピンの王様になったら、お妃になってくれませんか?」

 それはまるで、幼かったころに『一緒にお散歩に行きませんか?』と誘ってくれたときのような声色で。あまりにも自然に言われたものだから、サマラは一瞬理解できずに固まってしまう。

「え?」

 サマラがパチクリと目をしばたたかせると、カレオは悪戯っ子のように「フフッ」と肩を竦めて笑った。

「なんて、冗談でも閣下やレヴ君に聞かれたら殺されちゃいますね」

 そう言ってカレオは姿勢を正すと、ポンとサマラの頭を撫でてから部屋へと戻っていった。

 もう十年以上知っているその背中が、今は何を考えているのかサマラにはわからない。


 サマラが、カレオの屋敷にリンピン国の貴族が出入りしているという話を耳にしたのは、その数ヶ月後だった。

 ゲームではリリザと結ばれることでバリアロス王国に永住することを決めたカレオだったけれど、この世界で彼の夢の行方は、誰も知らない。
 
 
カレオ編・END