リンピン国の魔法使いたちも消え、辺りはシンと静まり返る。ハムダーンもいつの間にか逃げたようで姿が見えない。

 ようやく安全になったと思い、サマラはホッと胸を撫で下ろす。傍らには呆然とした表情のカレオが立っており、彼はやがて自嘲しているかのように歪んだ笑みを浮かべた。

「カレオ様――」

 声をかけようとしたサマラは、ディーがこちらへやって来たのを見て口を噤む。

 いつだって冷ややかな表情をしている彼だが、今はその冷たさが一層増していた。ただでさえ眼光鋭い目は、まるで氷の刃だ。冷たい怒りに満ち満ちている。
 ディーはカレオの正面に立つと、きつく見据えながら口を開いた。

「……どういうことだ」

 その問いに、カレオは眉尻を下げて笑った。

「は、はは……。さすが、閣下の強さは桁外れだなあ。すっかり助けられちゃいましたね。サマラ様にもレヴ君にも迷惑かけましたね、申し訳ない」

 しかしディーは無言のまま視線を外さない。やがてカレオは顔から笑みを消し、深く俯いた。

「……どうして……」

 顔を上げないまま発したカレオの声は、震えていた。手は昂りそうになる感情を抑え込むかのように、硬くこぶしを握っている。

「どうして助けに来たんですか……」

 サマラはカレオのこんな声を初めて聞いた。いつだって明るく朗らかで頼れる彼が呻くように絞り出した声に、なぜだか泣きたくなってくる。

 顔を上げたカレオは、怒りとも悲しみともつかない表情をしていた。鈍色の瞳に言葉にできない感情を幾つも浮かべ、正面に立つディーを映している。

 彼は口を開くと、抑えていた感情を溢れさせるように叫んだ。

「こんな馬鹿な真似をした俺のことなんか放っておいてください! あなたには関係な――」

「関係ないなどと言ったら、今ここでお前の心臓を燃やしてやる!」

 カレオの言葉は、杖をカレオの胸に押しあて噛みつくように迫ったディーの声で遮られた。

 ディーは唇を噛みしめカレオを睨みつけている。その表情は悔しそうで、表情の変化に乏しいいつもの彼からは想像もできないほど感情を露わにしていた。

「――……」

 言葉を失ったカレオは目を見開き、やがて唇を震わせて俯くと、掠れるような小さな声で「……ごめんなさい……」と告げた。

 ふたりは、それ以上何も言わなかった。


 バリアロス王国への帰路、竜の背で四人は黙ったままだった。
 竜の翼は力強く羽ばたき、砂の大地はどんどん遠ざかっていく。カレオは俯いたままだったけれど、刹那その瞳がリンピン国を映した。そして陽光に輝く砂と海の国に眩しそうに目を眇め、それきり振り返らなかった。