「きゃああ!?」

 驚いて悲鳴をあげたのはサマラだった。同時にペンダントからマリンが飛び出し、水のバリアを上空に張る。

「大丈夫? サマラ」

「うん、ありがとう」

 しかしマリンが安心して微笑んだ瞬間、水のバリアが崩れ頭の上から滝のように水が落ちてきた。

「ぶはっ!」

 頭から水を被ったサマラたちの前に、不気味な少年が浮いている。ローブを着て白目のない真っ黒な目をしたそれは、リンピン国の魔法使いが召喚した悪魔だ。マリンに向かって居丈高に微笑むと、「なんと脆弱な。我らの眷属とは思いたくないな」と言い放った。

 使い魔を嘲られて「私のマリンになんてこと言うのよ!」とサマラが言い返そうとしたときだった。さらに目の前に悪魔が増えていった。ローブを着た彼らは年寄りもいれば少年もいるが、一様に皆不気味な目をしていた。

「うわっ、こっちにも!」

 後ろを振り返ったカレオが叫ぶ。気がつくと四人が乗った竜は、ぐるりと悪魔に囲まれていた。

「へえ。結構魔力のあるやつがいるんだな」

 レヴはそう言って前を見据えた。さっき召喚に失敗したのとは違う魔法使いが五人ほど魔法陣の上に立っている。やけに豪奢なローブを着たその姿から、おそらく位の高い魔法使いであろうことが窺えた。

「やれ! 燃やしても潰しても構わん! 西の魔法使いもろともジャームン王家の生き残りを殺してしまえ!」

 いつの間にか安全なところまで逃げたハムダーンが鼻息荒く叫ぶ。魔法使いたちはそれに頷いて、手に持った剣や杖を掲げた。
 サマラは「ひぇっ」と慄きながらも自分の杖を構えたが、レヴに頭を杖でコツンと叩かれてしまった。

「引っ込んでろ。ここは俺と所長に任せとけ」

 そう言ってレヴは振り返り、ディーと視線を交わす。そして互いに軽く頷き合ったあと、レヴは風の力を借りて宙高く舞い上がった。

「天空の三十一霊よ! 目の前の敵に最も大きな災いを起こせ!」

 リンピン国の魔法使いたちが命じると竜を囲んでいた悪魔たちが姿を変える。炎のつるぎに、氷の矢に、雷の弾に、石のつぶてに。
 それらが一斉に襲い掛かってきて、カレオは咄嗟にサマラを抱き寄せ庇った。

 ――しかし。数千にも及ぶ災いたちは一瞬にして霧散し滅した。炎は業火に、氷は単結晶氷に、雷は雷電に、石つぶては硬石に、それぞれより大きな力にねじ伏せられて。

 驚愕の光景に魔法使いたちが「なっ……」と目を剥く。信じられない。火水風土の悪魔が同時に返り討ちに遭ったのだ。つまり敵は〝火水風土、四つの力を同時に展開した〟ことになる。そんなことはあり得ない。属性は普通ひとつ、よほどの魔法使いでもふたつ操るのが精々だ。

 しかし、竜の背に立つ黒い外套の男はやってのけたのだ。詠唱すらせず、杖さえ動かさずに。

 驚愕で固まっていたリンピン国の魔法使いたちは、ハッとして再び手にしていた剣を振りかざす。

「いでよ、天空の三十一霊! 神の名のもとに、再び我に力を貸したまえ!」

 しかし招きの呪文に悪魔たちは姿を現さない。どうしたのかと動揺して足もとを見れば、魔法陣はすべて綺麗に消えていた。魔力を籠めた魔法陣は本来それを描いた術者でなければ消せないはずだ。それどころか手にしている剣や杖からも刻まれた印形が消えており、みるみる間にボロボロと崩れていった。

「ど、どうなっているんだ!?」と焦る魔法使いたちの前を、いつの間にか地面に降り立っていたレヴが悠々と歩きながら笑い声をあげる。

「俺を誰だと思ってるんだよ、レヴ様だぞ? 土魔法で俺の右に出る奴なんか、この大陸にはいねーんだよ」

 レヴはディーの魔力と血を受け継いでいる。それに加えもともとゴーレムだった彼は土属性の魔法に対してバフがかかる。他の魔法ではさすがにディーには叶わないが、土魔法に関してだけはディーを超えていると言っても過言ではない。

 どんなに強力な魔力が込められていたとしても、魔法陣が描かれているのが土の上ならば、消すのも崩すのもレヴにとってはたやすい。剣や杖もそうだ。剣に使われている鉱石も土属性だし、杖に使われている木も土属性である。加工されていてもレヴならば、それを朽ちさせることも芽吹かせることでさえ可能だ。

 魔法陣を描くことさえ出来なくなった魔法使いたちは顔を青ざめさせ、這う這うの体で逃げていく。その中のひとりが震えながらレヴとディーを交互に見て、呟いた。

「まさか……大陸最強の魔法使いと謳われてる、あの――」

 言いかけた男はレヴが「当たり」と口角を上げた瞬間、足もとにできた落とし穴へと落ちていった。