アリセルト邸はバリアロス王宮の敷地内にある。屋敷から城下町までは大人の足で十五分といったところだろうか。子供の足だとその倍はかかる上、途中で大人に見つかることは免れられない。

 しかしそんな問題も、大人以上に魔法を操るレヴからしてみたら些末な問題である。
 高度な目隠しの呪文をかけ、使い魔のアンヴァル(魔法の駿馬)に跨れば、誰の目に留まることもなくあっという間に城下町に着いた。

「レヴってまだ六歳なのに、すごい使い魔持ってるのね……」

 あまりの俊足で頭をクラクラさせながら、サマラは馬の背から降りて言った。レヴはアンヴァルの鼻面を撫でて「まあな」と得意げに顎を上げる。

「もしかして他にも持ってるの?」

「今んとこ五匹かな。もっと増やしたいんだけど、あんま外出られないからさ」

「五匹も!?」

 サマラは大きな目をもっと大きくして叫んだ。普通は大人になっても一匹、器用な人でも二匹か三匹だ。使い魔は主の魔力が命の糧だし、感覚や思考を共有する存在なので複数を扱うのは難しい。それをまだ子供の身空で五匹も持っているなど、やはりレヴは規格外な魔法使いの子供だとサマラは思った。ちなみに桁外れの魔力と人並外れた魔力操作の腕を持つディーは、使い魔を三十以上所有している。詳しい数はサマラにもわからない。

 建物の影でアンヴァルから降りたふたりは、目隠しの魔法を解いた。「子供ふたりだけで街を歩いてたら、悪い人に捕まっちゃうよ」というサマラの言葉でレヴは少し考え、使い魔のレプラコーン(靴を作ったり金貨をくれる人型妖精)を召喚した。

「こいつにツレのふりをしてもらおう」

 レプラコーンは小柄だが、見た目はひげを蓄えた中年の男性だ。苔色の上着とズボンを着て、同じ色の帽子をかぶっている。レプラコーンはパイプをふかしながら、レヴの言葉に無言でコクコクと頷いた。

 保護者(?)もできたことだし、いざ出発しようとしたとき。

「ぼくも! ぼくも行きたい!」

 サマラのペンダントからマリンが飛び出してきた。

「レプラコーンのおじちゃんがお外出てもいいなら、ぼくもお外出たい! サマラと一緒に歩きたいよ!」

 人の多いところでは基本的にペンダントに入っているマリンだが、人間の真似をしているレプラコーンを見て羨ましくなったようだ。腰にギュウギュウと抱き着いて甘えてくるマリンを見て、サマラは(可愛いなあ)と思いつつ苦笑いをしてしまう。

「どうしよ……。レヴ、この子も一緒に歩いていい?」

 人間らしく変身することも、視認の魔法をかけることも、マリンとサマラは一応はできる。もっとも、ふたりの魔力は低いので安定性はないが。

 するとレヴは「お前の使い魔だろ。かまわないぜ」と言って、軽く指を鳴らした。マリンの青い肌は人間と同じ色になり、シャツと釣りズボン姿になる。襟元のリボンとズボンの色はサマラのワンピースとおそろいだ。その姿にマリンは飛び跳ねて喜ぶ。

「わ、すごい。どうもありがとう」

「貸しひとつな」

 そう言ってレヴは得意げに笑う。サマラは傲慢そうな彼の面倒見の良い一面に、密かに驚いた。

(ディーもそうだけど、すごい魔法使いっていうのは妖精に優しいものなのかな。……そのぶん、人に対してはやや難ありな性格のような気もするけど)

 極度の人嫌いと、子供らしからぬ居丈高なふたりの魔法使いの顔を思い出して、サマラは乾いた笑いを零す。そして「おい、何やってんだ。グズグズすんな」と腕を組み顎を上げて命令するレヴのもとに、小走りで駆けていった。