――昔々。
 とある砂漠の国に、とても強い王様がいました。

 剣の腕が立つ王様は屈強な戦士を引き連れて次々に周辺の国を陥落させましたが、欲が過ぎてあるとき返り討ちに遭い、それをきっかけに国は衰退していきました。
 けれど強欲な王様はいくら兵士が死のうが民が飢えようが戦争を辞めず、ついに嫌気がさした国民に反乱を起こされてしまいます。

 こうして王は討たれ王国は滅び、その国は共和国となりました。

 しかし。滅亡したと思われた王家には生き残りがいたのです。幼い王子でした。
 家臣の手によって生き延びた王子は正体を隠し王都を出て、辺境の地で育ちました。そうして王家の血は密かに受け継がれ、王国が滅んでから百年後、ある男児が生まれました。

 男児は幼い頃から自分の体に流れる王家の血のことを聞かされました。そして王家が得意とする剣技をも受け継いだのです。彼はいつしか自分の血と剣技を誇りに思い――王家の復活を望むようになりました。誇り高きこの血は、玉座に戻るべきだと。

 引き継がれた剣技は華麗で、そして強いものでした。百年前は近隣の国を次々と斬り伏せた王の豪剣です。きっとこの剣技さえあればかつての王国を取り戻すことができると少年は考えました。

 十三歳のとき、少年は国外へと旅立ちました。自分の剣技がどこまで通用するか腕試しがしたかったのです。

 ところが、人間相手には負け知らずだった彼の剣は圧倒的な敗北を知ります。魔物です。生まれて初めて魔物と対峙した少年は、普通の武器と少しばかり強いくらいの腕前では魔物に全く歯が立たないことを知りました。

 凶暴なゴブリンの集団に襲われそうになったとき、ひとりの魔法使いが少年を助けてくれました。魔法使いは業火を操りあっという間にゴブリンを焼き払ってしまったのです。

 魔物に遭遇したのも初めてなら魔法を目の当たりにしたのも初めてだった少年は、大きな衝撃を受けました。
 世界は広く、自分が矮小な存在であったこと。そして魔法使いという圧倒的な力を持つ存在のこと。

 少年は己の力を省みて、剣の腕を鍛え直すことにしました。魔法使いが属するバリアロス国の志願兵になったのです。
 そこで少年は魔物と闘うには特別な武器が必要だということを学びました。やがて彼は国境などに出現する魔物退治の兵団に属するようになりました。

 魔物退治には対魔用の武器を持った兵士と魔法使いの部隊で挑みます。三度目の魔物退治の遠征のとき、少年はあのとき助けてくれた魔法使いと再会しました。

 魔法使いに恩義を感じていた少年は彼と仲良くなりたいと思いましたが、どうにもうまくいきません。どうやら魔法使いは無口なうえにあまり人が好きではないようなのです。周囲の人間も彼には畏敬の念ゆえあまり近づきません。彼は大陸最強と謳われる大魔法使いだったのです。

 確かに彼は桁違いの強さを持っていました。兵士が命を懸けて十匹倒すゴブリンを、彼は一瞬で数百数千を焼き尽くしてしまいます。そんな戦いを繰り返しているうちに同じ部隊の兵士たちは段々とやる気を失くしてしまいました。『全部あいつに任せればいいじゃないか。俺たちが危険な目に遭いながら戦う必要はない』と。

 やがて魔法使いはひとりで矢面に立たされるようになりました。
 そんな中、少年だけが魔法使いと並んで剣を振り続けたのです。微力でもいい、少しでも魔法使いの負担を減らせれば、という思いで。

 対魔用の武器を使いこなせるようになった少年はもう無力ではありません。魔法使いと同等にはなれなくとも、剣の腕ではもう隣に並ぶものはいないほどの実力を身に着けました。

 そうしていつしか少年は大陸最強の剣士と呼ばれるようになり、大陸最強の魔法使いと共に名を馳せるようになりました。

 それと同時に彼は、いつしか魔法使いが唯一心を開く友になっていたのです。

 時は流れ、あるときふたりは巨大竜の討伐を国から命じられました。
 巨大竜の力は強く、今までの魔物とは桁外れです。共に討伐に参加した兵士や魔法使いたちも竜の炎と爪の前にみるみる散っていきます。

 大陸最強の魔法使いと剣士の少年は力を合わせて立ち向かい、互いを信頼し命を懸けて、死闘の末についに竜を倒しました。

 ふたりは英雄と称えられ、魔法使いは公爵位を、剣士は子爵位を国王より賜りました。
 剣士は爵位と広い領地を手に入れ、さらに王宮の兵士指南役という名誉職につきました。富も名声も得て生活は安定し、さらにかけがえのない友までいる彼は幸福です。欲をかかなければ、これ以上望むものなどない人生でしょう。

 ――しかし。
 彼の体には流れているのです。強欲で身を滅ぼした亡国の王の血が。

 平和な生活を享受しながらも、彼の心はいつだって玉座の夢を忘れていません。その身に流れる血が叫ぶのです、亡き王家の無念を晴らせと。

 剣士は大人になった今も夢の途中を彷徨っています。
 その欲深い夢はきっと彼を一生苛むことでしょう。だから彼はひとりで生きると決めたのです。大切な人を、夢の巻き添えにする訳にはいきませんから。