Chapter.4.5 サマラ六歳・冬
 
 

 新年を迎えたある日。ディーが国王へ新年の挨拶に行ってしまったので屋敷でお留守番をしていたサマラのもとに、ひとりの客が訪れていた。
 もっとも、客といえどその人物は一度も玄関を通ったことがなければ、サマラ以外の家人に顔を見せたこともないのだけれど。


「街に行きたい?」

 サマラはレヴが入ってきた窓を閉めながら、彼を振り返って言った。
レヴはすっかり慣れた様子でサマラの部屋を悠々と歩いている。彼が部屋に来るのはこれで三回目だ。毎日のように土人形で会話しているのもあり、ふたりはすっかり気の置けない友達になっていた。

「ああ。俺、街ってどんなもんなのか全然しらねーんだよ。だから見てみたい」

「知らないって……だってあなた、国境から王都へ来てるんでしょ? 街なんて何回も見てるんじゃないの?」

 不思議そうに尋ねたサマラに、レヴは「正確には〝通ったことはあるけど、馬車から降りたことがない〟だな」と指を振って訂正した。

「クソジジイのやつ、アレも駄目コレも駄目ばっかなんだ。屋敷の中も行っていい場所と駄目な場所があるし。街とか人が集まるとこなんか特に行かせてもらえねーし」

 不満そうに言って、レヴはベッドの上にドサッと寝そべった。サマラは「ちょっと! 靴脱いで!」とプンプンしながら駆け寄って、彼の足からブーツを引っこ抜く。

 両足のブーツを脱がされたところで、レヴは体をクルンとひっくり返してサマラと向き合った。

「だからさ。今から遊びにいこーぜ、街に」

 アーモンド形の目が、好奇心いっぱいに煌めいてサマラを見つめる。まるで悪戯の大好きな猫みたいだ。
そして少年の純粋な好奇心は、少女に感染する。

(い、行きたい。子供だけで街に行くって、なんだか冒険みたいでワクワクする。でも危ないことがあったら困るし、ディーにバレたらすっごく心配されるよね……)

 サマラの葛藤を知ってか知らずか、レヴは両手で手を掴んでくると、ねだるようにそれをブンブンと振った。

「なあ、行こうってば。俺様がついてるんだから、怖いことは何もないって。お前の『おとーさま』が帰ってくる前に、ちょっと行って戻ってくるだけだからさ。な? な?」

 サマラの中にはふたつの人格がある。もともとのサマラの性格と、佐藤優香だった頃の思考だ。そのふたつが交じり合って今のサマラを作り上げている。
 そしてレヴのおねだりは、サマラが元来持つ好奇心と佐藤優香が持つ年下への庇護欲を同時に華麗に刺激した。

「う、う~~……ん。……ちょっとだけだからね」

 ベッドからピョンと飛び降りたレヴが、「そうこなくっちゃ!」と花が咲くように笑った。