どうにか秋人を部屋まで引き摺って来て、ベッドに投げ捨て横に座る。
疲れた。なんて日だ。小泉さんに心配をかけたばかりか、その原因となった秋人を迎えに行って、まさかあんな話を聞くとは。
――気付いてあげられなくてごめんね。
出かかった言葉を寸でで飲み込む。多分秋人はそんな言葉を求めていないし、ただ残酷なだけだ。
「絵里ぃ……」
掠れた声。寝言のようだ。眠りながらもけらけら笑い、そしてほんの少し睫毛に涙が浮かんでいる。
「絵里、次の休みデュオでバトル行くぞー、時間空けとけー」
どんな夢を見ているのかは大体分かる。よく一緒に遊んでいたオンラインゲームの話だ。最近は仕事帰りも休日も小泉さんと会うことが多かったから、ふたりでゲームをする機会もほとんど無くなってしまったけれど。秋人の夢の中では今も、ふたりでゲームをしているらしい。
それにしても心臓がうるさい。今にも皮膚を突き破り、飛び出してきてしまいそうだ。どうして。どうしてこんなことに……。
十年以上一緒にいた。馬鹿をやって笑って、泣いて、喧嘩をして。家族よりも多くの時間を過ごし、それでも飽きずに一緒にいた。けれどわたしは気付かなかった。秋人の気持ちも、自分の気持ちも。秋人が大事な存在だということまでは気付いていたのに、その先を考えもしなかった。
いや、考えなくても、心の奥では解っていたのだ。秋人とのことを小泉さんに話せなかった時点で明白だった。恋人よりも仲の良い異性がいる、恋人に黙って異性と会っている。それが後ろめたくて、わたしは口を閉ざしてしまったのだ。
でも、今のわたしには何もできない。今までとは違う。わたしには恋人がいて、彼はわたしを大事にしてくれている。彼を裏切ったり、傷付けたりしたくない。
だけど……それでも……わたしはこの、口が悪くて意地悪で、喧嘩ばかりしていた腐れ縁の男が、睫毛を濡らしているのを、どうにかしてあげたい。でも、でも……。
「ああ……あたま、撫でたい……」
ベッドに座ったまま、眠る秋人を見下ろし、いけない衝動を必死で抑え込むように、静かに目を閉じた。
どうしようもない現実に苦しんだら、こうすればいい。見たくないのなら、目を瞑って、見なかったことにすればいいのだ。
それが、すべきではない逃避だと解っていても、とにかく今は、今だけは現実を見たくなかった。そんな狡いわたしを、秋人はいつも通り、意地悪く茶化してくれるだろうか。それとももう、この大事な関係は変わってしまっただろうか。
どれもこれも、未だ、見たくはないことだった。
(了)



