「いつかはこうなるって分かってたんです、あいつはいつもあの人の話ばかりで、ひっく、でもいざその時が来ると、げふ、嫌です、嫌なんです、嫌って気付きました、ひっく、気付いてはいたんです、嫌だって、昔から、それでその時が来てしまったんですぐふっ……」
しゃっくりとゲップが間に入っているせいで、シリアスな語りが台無しだった。でも「あいつ」絡みで「テンションだた下がり」らしい。
店長は「うんうん」と相槌を打ちながら、わたしにソフトドリンクを持って来てくれた。会釈をしてそれを受け取り、酔っ払いの言葉に耳を傾ける。
「今更あいつと男女の関係になるなんて、俺じゃあ想像もできないし、何ならならなくてもいいんですけど、でもずっと一緒なんだろうなって思ってたんすよ、ずっと、ずっと、それこそ、爺さん婆さんになるまで、一緒に、ひっく、げほっ」
しゃっくりと咳と共に、ギムレットという名の水を飲み干し、今にも消え入りそうな声で秋人は「絵里は馬鹿だ……」と呟いたのだった。
背後にいるわたしに気付いたのかと思ったけれど、「店長このカクテル薄いっすよぉ」と愉快な声を出したから、まだギムレットという名の水にも、わたしにも、気付いていないらしい。
いや、そんなことより、今の話の流れで、どうしてわたしの名前が出るのだろう。「あいつ」と「ずっと一緒だと思ってた」という発言のすぐあとに。
いや、何が「どうして」だ。いい年の大人が、気付かないふりなんてできない。
心臓が、ばくんと鳴った。
「秋人、もう分かったから今日は帰れ。迎え、後ろでずっと待ってるぞ」
店長に言われ、けらけら笑いながらようやく振り向いた秋人は、わたしを見て硬直した。
「な、んで……おまえが、いるんだよ」
「……店長に電話もらって」
「おま、おまえは俺の母ちゃんかよ。迎えなんていらねぇのに……」
わたしがここに来た理由なんて、もうどうでもいい。母ちゃんだろうがなんでもいい。それよりも。そんなことよりも。
「ねえ、今の話……」
「い、今の話って?」
さっきから、ばくんばくんと心臓がうるさい。気付いてしまったからには、聞かないわけにはいかない。いつから「そう」なのか。だからあんな態度だったのか。どうしてもっと早く言わなかったのか……。
けれど秋人は、つり目とつり眉を目一杯下げ、唇をぶるぶると震わせるという、今まで見たこともないような表情をし、目線をきょろきょろとさ迷わせたあと、顔を真っ赤にし、そしてカウンターに背中を打ち付けながら脱力したのだった。限界だったらしい。
こんなに長い間一緒にいても、見たことがない表情がたくさんあったことに、わたしは驚いていた。



