心霊部へようこそ!

【異世界エレベーター】

「ねぇ灯里、うちのクラスの子、ひとりいなくなっちゃったよね?」
「えっ、うちのクラスの子が?」
 とつぜんそんなことを言い出したのは、クラスでも仲良しの都子ちゃんだ。
 ホームルーム間近のクラスは、さわがしい子はいるけどほぼ全員席にすわっている。
 ひとりひとり、名前を思いいかべてみた。
 机にも空席はないし、みんなそろっているように思えるけど。
「うーん、だれかいないかな? みんないるように思うけど」
「そっかぁ、心霊部の灯里ならもしかしたらと思ったけど、やっぱり忘れちゃってるかぁ」
 都子ちゃんが残念そうに下を向いた。
 いったいだれがいないのだろう? 困っている都子ちゃんに、聞いてみる。
「都子ちゃん、クラスのだれがいないの?」
「それは、思い出せないの。顔も名前もハッキリ思い出せない。でもたしかにいたはずなのよ」
「顔も名前もわからないのにいたって、どういうこと?」
「わかんない。多分、女の子だとは思うの。だけど、思い出せなくて」
 くわしく聞こうと思ったら、ホームルームのチャイムがなってしまった。
「都子ちゃん、お昼休みいっしょにお弁当食べよう。そのとき、くわしく聞かせて」
「うん、わかった。お昼休みに話すね。よろしくね、灯里」
 だれかわからない。けれど、いた。
 どういうことだろう。クラスメイトの顔を見まわしてみる。
 やっぱり、いつものうちのクラスのみんながそろっているようにしか思えない。
 だけど、心のはしっこで何か引っかかる。
 何かが足りない、そんな気がするのだ。理由はわからないけど、わたしのカンがそう言っている。都子ちゃんは、心霊部のわたしでも、と言った。何か霊が関係している?
 グルグルと考えている間に午前の授業がおわり、お昼休みになった。
 わたしは都子ちゃんのとなりの席の子に場所を借りて、都子ちゃんと机をくっつけた。
「都子ちゃん、朝のことなんだけどさ。わたしも考えてみたら、何か足りない気がするの」
「えっ、灯里も!? そっかぁ、良かった。やっぱりあたしの気のせいじゃないんだね」
「それで、どうして都子ちゃんがクラスの子がいなくなっちゃったと思ったのか、聞かせてくれない?」
「うん、わかった。ちょっとながくなっちゃうけど」
 そう言って、都子ちゃんが語りはじめる。
「あたしといなくなっちゃった子ね、都市伝説の『異世界へ行く方法』っていうのをためしてみたの」
「異世界に行くって、そんな都市伝説があるの?」
「あくまで都市伝説だから、ウワサみたいなものだと思うんだけど。だから、かるい気持ちであたしたちもやっちゃったんだ」
 とつぜん出てきた異世界という聞きなれない言葉にとまどいつつ、わたしはうなずいた。
「それで、その方法がエレベーターを使うんだけどね」
「エレベーターでちがう世界に行けちゃうの?」
「特別なやり方があってね、それをやっちゃったんだ」
「どういうものか、くわしく聞かせてくれる?」
 都子ちゃんが「うん」とうなずいて、スマートフォンを取り出した。
 画面を見ながら、わたしに異世界に行く方法の説明をはじめる。
「本当はひとりだけでやるものなんだけど……まずエレベーターに乗るの。あたしたちはふたりでやったから、あたしが右足でエレベーターに入って、いなくなっちゃった子が左足でエレベーターにのったの。そうしたら、ひとり分になるんじゃないか、なんてナゾの理由でさ」
「なんかムリヤリな計算だね、それ」
「今思うとそうなんだけどね、あのときはノリノリでさ。で、やり方なんだけど、まずは十階以上ある建物を探すの。その次に、その建物のエレベーターがあることをかくにんして、それにのる。
 エレベーターにのったら二階、六階、二階、十階、五階と移動していくの。それで、もしもこの間にだれかがのってきたら、その時点で異世界にはいけないんだって。うまくだれも来ないで五階までたどり着くと、女のひとがのってくるみたいなの。
 それで、この女のひとには、決して話しかけてはいけないキマリ。女のひとがのってきたらそのままいっしょにのって、エレベーターの一階のボタンをおす。もしも異世界の行く方法が成功に進んでいたら、エレベーターは一階に向かわずに十階へと上がっていくっていうウワサで。十階につくと、その先は異世界に……と言われているの」
 なんだかややっこしいやり方だ。
 条件もむずかしい気がする。でも、クラスの子がいなくなったってことは、異世界に行く方法は成功したのかな? でも都子ちゃんは今、目の前にいるし――。
「それで、都子ちゃん。その方法は成功したの? 異世界に行けたりした?」
「ううん、それがね。途中でやめることにしたの」
「どうして?」
「あたしたちは人気のないマンションでその方法をやったんだけどね、上がったり下がったりして、五階に行くまではうまく行っていたの」
 それだけエレベーターを自由に動かせるって、本当にひとがいない場所なんだなぁ。
 都子ちゃんが話しを続ける。
「だけどね、五階に着いたときにおかしなことがあったの」
「どんなこと?」
「今まではね、スーッと開いていたエレベーターのドアが、とつぜんギギギギギッてすごくイヤな金属の音を立てながらゆっくりゆっくり開いたの」
「なにそれ、怖いね……」
「でしょ? それで、五階のエントランスっていうのかな? エレベーターのり場のところが真っ暗で。でもよく目をこらして見ると、その真っ暗は動いているの」
 そのときのことを思い出したのか、都子ちゃんがブルリと身体をふるわせた。
「あたしたちは、急いでエレベーターの一階をおして、にげようと思ったんだ。だけど、このまま一階をおしたら異世界に行く方法が成功しちゃうかもしれないじゃない? 異世界に行ってみたくてやったことだったけど、あの五階で開いたドアの向こうがあまりにも怖くって」
「たしか、五階って女のひとがのって来るハズのところだよね?」
「そう。でも、女のひとはのって来なかった。オバケみたいな真っ黒いのがエントランス全体にびっしりといただけ。それでも、やっぱりこの方法を続けるのは怖くて。それで、すぐ横にある階段を使って一階まで戻ることにしたの」
 エレベーターのり場を埋めつくすほどのオバケってどれくらいだろう?
 あんまり集まって悪さすることの少ない霊が、たくさん集まっていたのはなんでだろう?
「階段で、無事に一階まで行くことはできたの。でも出口まであと一歩ってところであたしたち、真っ黒いオバケにつかまっちゃって。いなくなっちゃった子は、あたしの肩を思いっきり叩いて押して、外に出してくれた。だけど、その子はオバケにつかまっちゃって……」
「都子ちゃんは、そのあとどうしたの?」
「マンションの出入り口のそばで、何回もその子の名前を呼んだ。でも、いくら待ってもその子は出てこなくって。大人を呼んでこようと思ってマンションのしきちから出たのね。そうしたら、その子の顔も名前もわからなくなっちゃって」
「わからなくなっちゃった? でも、ちょっと前までいっしょにいたのに?」
 わたしのといかけに、都子ちゃんは困ったように下を向いた。
「そうなの。ほんのちょっと前までいっしょにいたはずなのに、わかんなくなっちゃったの。それでも、警察さんのところには行ったんだけど、名前も顔もわからないって言ったら相手にしてもらえなくて」
 たしかに、警察さんだって何もわからないひとを探すのはムリだろう。
「でも、都子ちゃんはその子がたしかにいたって記憶だけはあるのね?」
「うん。一日たってそれも少しずつ記憶うすらいできたけど、まちがいないの。見てこれ」
 都子ちゃんが、ブレザーをぬいでブラウスのえりを引っ張るようにズラした。
 都子ちゃんとつぜん脱ぎ出した!? とびっくりしていると都子ちゃんが肩を出した。
 ズラしたブラウスから見えた都子ちゃんの肩には、かすかに赤い手形がのこっている。
「それ、もしかしてその子がおしてくれたあと?」
「そうだと思う。だけど、もしそうだったらこのあとが消えたらあの子のこと、あたしまで忘れちゃうんじゃないかって怖くて」
「じゃあ、いなくなってしまった子を探すのは急ぐってワケだね」
「そうなの、このあとが消えないうちになんとか助けてあげたい。でも、その方法がわからなくて。灯里は心霊部だから、こういうことにもくわしいかなって思って話したの」
「ごめんね都子ちゃん。ちょっとわたしにも、なんでクラスの子がいなくなっちゃったのかはわからない。だけど、心霊部にはたよれるセンパイたちがいるから、放課後になったらいっしょに相談しに行かない?」
 わたしのていあんに、都子ちゃんは大きくうなずいた。
「行く! 行ってセンパイさんたちに話を聞いてもらう。ありがとう灯里!」
 それからわたしたちは、残りのお昼休みの時間を使って、いなくなっちゃった子の手がかりがないか教室をしらべた。
「都子ちゃん、ここ見て。このロッカー、空だよ!」
「えっ、ホントだ。こんな真ん中のロッカーが空いてるなんて、ヘンだよね?」
 教室のうしろにならんだロッカーは生徒が教科書などを入れておくスペース。
 出席番号順に割り当てられるから、すみっこが空くことはあっても、真ん中あたりが空いているのはおかしい。うちのクラスには、転校した子などもいない。だけど、ドアに名前が書いてあるはずのロッカーたちのなかにひとつだけ名無しがあったのだ。
 開けてみても、中身はからっぽで――。
「都子ちゃん、もしかして、いなくなったクラスメイトの子が使っていたのかな?」
「そうかもしれない。えっと手塚くんと、中川くんの間っていうと……」
「『て』か『と』または『な』ではじまる名前のハズよね」
 きおくをたどってみる。だけど、どうしても名前が出てこない。
 一体、だれがこのロッカーをつかっていたのだろう。
 お昼休みがおわり、五限目がはじまった。水無月先生の国語の時間だ。
 都子ちゃんは前のほうの席で、ずっと落ち着かない様子。
 そうだよね、自分を助けてくれた子がとつぜんいなくなっちゃったんだもん。授業どころじゃないよね。
 わたしも落ち着かない気持ちで五限をおえると、わたしと都子ちゃんは水無月先生に出席簿を見せてもらうことにした。
「出席簿が見たい? ふたりとも、どうかしたのですか?」
 水無月先生は首をかしげながらも、わたしたちに出席簿を見せてくれる。
 出席簿には、手塚くんと中川くんの間に不自然な空白があった。
「都子ちゃん、これ!」
「うん、やっぱり消えちゃってる。先生、ここの空白ってなんですか?」
 わたしたちが顔色をかえて聞くと、水無月先生も「おや?」と声をもらした。
「うーん、なんでしょうね。さっきは気にならなかったけど、言われてみるとヘンですね」
「水無月先生、ここに本当はだれかの名前があったってことはないですか?」
「奇妙なことを聞きますね、月城灯里さん。でも、覚えてないですね。ここはきっと、最初から空いていたんじゃないでしょうか?」
 水無月先生も、クラスメイトの子の存在を忘れてしまっている――。
 わたしたちが言葉をうしなっていると、水無月先生が言った。
「よくわかりませんが、何かあったら先生に言ってくださいね。わたしもちょっと、この空白について考えてみましょう。どうにもおかしなところにある空白ですしね」
 つかのま、水無月先生に相談してみようか迷ったけど。
 授業の間の休み時間はみじかいし、放課後には晴人センパイに相談する予定だし。
 わたしたちは「ありがとうございます」と言って出席簿を先生に返した。
 奇妙に空いた真ん中のロッカーと出席簿。だれかがいなくなっている。
 それは本当のことかもしれない。
 のこりのわずかな休み時間、わたしと都子ちゃんはクラスの子たちにいなくなった子のことを聞いて回ってみたけれど、やっぱりだれもその子のことは覚えていなかった。

 放課後。
 わたしは都子ちゃんをつれて心霊部の部室に向かった。
 晴人センパイがいつものようにむかえてくれたが、後ろにいる都子ちゃんを見て不思議そうな顔をした。わたしたちの顔色を見て何かをさっしたのか、すぐに「なにかあったのか?」と聞いてくれる。
「晴人センパイ、うちのクラスで奇妙なことが起きてしまって――」
 わたしと都子ちゃんは、晴人センパイに『異世界に行く方法』を実行してしまったことと、それによって消えてしまったクラスメイトの子の話をした。
 晴人センパイは、むずかしい表情をうかべながらわたしたちの言うことを聞いている。
「神隠しだな。それも、相当にやっかいな神隠しだ」
 話を聞きおえたセンパイが言う。
「センパイ、神隠しってあの、行方不明になっちゃうやつですよね?」
「そうだ。ふつうの神隠しは、名前のとおり神様がかくしてしまったかのように消える。どこを探しても見つからないようなじょうたいだな」
「じゃあ、やっかいな神隠しって言いますと?」
 都子ちゃんが身をのりだすようにして聞いた。
「灯里と都子さんの話を聞くかぎり、今回の神隠しは非常にタチが悪い。ただ相手をかくしてしまうだけではなく、その子と関わったひとたちの記憶からも消し去ってしまう恐ろしいものだ」
「そんな……!?」
「記憶からも消してしまえば、もうだれも覚えていないのだから探すこともないし、いなくなったことにさえ気がつかない。とても悪質なものだ」
「だけど、あたしは名前も姿も忘れちゃったけど、存在はなんとか覚えています!」
 都子ちゃんが言うと、晴人センパイが肩を指差して言う。
「都子さんの肩に、いなくなってしまった子の手形が残っているのだろう? おそらくそれがか細い記憶の糸となって、なんとか存在を覚えていることができたんだ。もしもそれがなかったら、他のひとたち同様に都子さんもその子のことを忘れていただろう」
「この、肩の手のあとがあの子の存在を?」
「そうだ、ただいずれあとは消えてしまう。強く叩いて押した程度なら、数日で消えてしまうだろう。都子さんが早めに相談してくれたのは、不幸中の幸いだな」
 晴人センパイの言葉に、都子ちゃんがうなだれた。
「あとが消えちゃったら、あたしまであの子のことを……。あの! なんとかあの子を助けることはできないのでしょうか!?」
「もちろん、やってみるつもりだ。ただ、オレだけでは戦力不足だな。雪乃と太刀風、それに門吉さんにも手伝ってもらおう。だから、今すぐ行くということはできない。彼らを呼んで、明日の放課後に現場に行こう」
 センパイのていあんに、都子ちゃんが不安そうな顔をする。
「だけど、もし今日中にあとが消えて、あたしまであの子のことを忘れてしまったら、どうすればいいんでしょうか?」
「それについてはだいじょうぶだ。オレが都子さんから、すでに話を聞いている」
 センパイが言う。でも、センパイだって忘れてしまうんじゃないのかな?
「晴人センパイ。センパイもその子のことを忘れてしまうってことはないんですか?」
「それはおそらく問題ないだろう。この記憶が消える現象は、おそらく直接的にいなくなってしまった子と関わっていた相手にたいして起きることだと思う。オレは最初から、その子の名前も顔も知らない。知らない人間から記憶をうばうことなど出来ないだろう」
「なるほど、確かに晴人センパイにとっては、もともと見知らぬひとですもんね」
 とはいえ、関わったひとから記憶を消しちゃうって、ものすごく怖いことだ。
 家族のひとだって、記憶が消えちゃえば警察に探してもらおうとも思わないだろう。
 思い出の品とかはあるかもしれないが、もしかするとそれさえ消えているかもしれない。出席簿から名前が消え、ロッカーもからっぽになっていたことを考えると、ありそうなことだ。
 生きていたあかしのようなものをすべて消してしまう。
 センパイの言うようにあまりにやっかいだし、そして怖すぎることだ。
「それで、都子さん。もう少し細かく聞きたいのだけれど、そもそもふたりはどうしてそんなことをしようと思ったのか、それと何時ごろそれを行なったか、覚えているはんいで良いから聞かせてくれるかな?」
 センパイの問いかけに、都子ちゃんは考えるように口元に指を当てた。
「ええっと……たしか放課後に教室でおしゃべりしていたとき、いなくなった子が、スマートフォンで都市伝説を見つけたんだったと思います。それで、そこから少ししたくをして、都市伝説が実行できるような建物を探しに行きました」
「都子ちゃん、したくって言うと?」
「うん。もしも本当に異世界に行けたとき、あたしたちの世界とちがう場所に行くってことでしょ。食べ物とか困ったりするかもって考えになって、コンビニで買い物したりしたの」
 きっとそのときは、遠足に行くような気持ちだったんだろうな。
 それがこんなことになっちゃうなんて。
「都子さん、それで都市伝説の方法を実際にためしたマンションがある場所は覚えているかな?」
「覚えてます。ここから都心側にふたつ先の駅です。住宅街になっているし、ほかの駅より言い方がわるいけど、ちょっといなかの駅なので、ひとの少なくて高いマンションが見つけやすいかなって思って」
「じゃあ、明日はそこに探しに行くしかないな。都子さん、話してくれてありがとう。つらいだろうけど、今日はもう帰ってゆっくり休むと良い。オレたちは明日の用意をしておくから」
 晴人センパイが言うと、都子ちゃんがよわよわしくうなずいて頭を下げた。
「わかりました。晴人さん、灯里、明日はどうぞよろしくおねがいします」
 センパイにうながされ、都子ちゃんが部室を出て行った。
 都子ちゃんを見送ったあと、晴人センパイはため息をついて、小さくうなった。
「今回の件は本当にやっかいだ。だが、心霊部として見過ごせないな」
「やっぱり、ひとの存在を消しちゃうなんて怖い霊なのでしょうか?」
「だろうな。おまけに都市伝説なんて言う、人間が生み出してしまった心霊を呼びよせるような儀式まで行ってしまったワケだからな」
 儀式、という言葉に引っ掛かってわたしはたずねた。
「センパイ、都市伝説って儀式なんですか?」
「全部が全部そうというワケじゃないけど、今回のケースは儀式と呼んで良いだろう。何かが起こると言われていることを、わざわざ自分たちから行なってしまったんだからな。とにかく、雪乃と太刀風には連絡をいれておく」
 晴人センパイがスマートフォンを取り出して、いくつかそうさした。
 きっとメッセージアプリでふたりに連絡を取っているんだろう。
 雪乃さんと太刀風さんが来てくれれば、心強い。でも、センパイはそれに加えて門吉さんにも力を借りようと言った。やっぱり、呪いとか悪霊とかがそれだけ大きいのかな?
「ふたりに連絡は入れた。灯里、オレたちは今から門吉さんに話をしておこう。明日はできるだけはやく合流して現地に向かいたいからな」
「わかりました! じゃあ中央公園まで行きましょう!」
 ふたりで部室を出て、中央公園に向かう。
 そこから遊歩道に入り、木々の立ち並ぶ脇道に進んでいく。
 あいかわらず首のとれたお地蔵様が置かれている。
「門吉さーん! いますかー!?」
 わたしが声をあげると、木々がざわつき、お地蔵様からにゅっと門吉さんが顔を出した。
『おっ、ガキにお嬢ちゃんじゃねーか。良く来たなぁ、元気でやってるかい?』
 いつも通りのかるい口調で、門吉が笑いながら言った。
 お地蔵様の前にはお酒もタバコも置かれている。
 センパイのお父さんが供えてくれたのかな? 門吉さんとしてはごきげんだろう。
「門吉さん、力を貸してほしいんだ」
『力を貸してほしい? めずらしいことを言うもんだねぇ。なんかあったんかい?』
 晴人センパイが、いなくなってしまった子のことや都市伝説のことを手短に説明する。
 わたしが都子ちゃんが話したことを、とっても上手にまとめてくれている。やっぱりセンパイは頭が良い!
『なるほどねぇ、そいつはたいへんなこった。けどなぁ、オイラはここからそんなに遠くにはいけねーんだよ。なんせこの地蔵が宿主だからなぁ』
「それは考えがある」
 そう言って、晴人センパイがわたしの肩に手を置いた。
「灯里の取りつかれ体質を利用する。門吉さんには明日、灯里に取りついてもらって同行してほしいんだ」
『なぁるほど、そういう手があったかぁ。はっはっは!』
 門吉さんがおかしそうに笑う。こんなところでわたしの取りつかれ体質が役に立つなんて……。でも、これもいなくなってしまった子を助けるためだ。
「な、なんかふくざつな気持ちですが、門吉さん、よろしくおねがいします!」
『うーん、でもなぁ。オイラがそこまでするギリもないしなぁ。オイラもともとナマケモノだし。めんどくせーなぁ』
 門吉さんが、いかにもダルいって感じで空を見上げた。
 すかさず、晴人センパイが口を開く。
「もちろん、タダとは言わない。今回のことに力を貸してくれたら、なんでも好きなお酒とタバコをここに供えよう。それでどうかな、門吉さん」
 センパイの言葉に、門吉さんが目の色をかえた。
『なぁにぃ!? ホントかそれ! オイラ、あのビールってのが気に入ってるんだ! あれをたくさん供えてくれるってんなら話はべつだぜ!』
「いいよ、ビールを六缶お供えしよう。それで力を貸してくれないか?」
『ビール六つか、うーむ。よし、その話のった! この門吉さんが力をかしてやろうじゃねーか!』
 さすがセンパイ、門吉さんのあつかいもなれたものである。
 わたしたちは明日、放課後にむかえに行くと約束して中央公園を出た。
 そのまま駅に行って、わたしたちの住む街へ向かう電車にのる。
「明日は夜までかかるかもしれない。灯里もかえってゆっくり休んでおけ」
「はい。センパイはどうするんですか?」
「明日はお守りやお札、それに符がいくつも必要になるかもしれない。その用意をしたら、オレも早めに休むことにするよ」
 電車を降りて十字路でセンパイともバイバイして、わたしは家にかえった。
 明日は怖いユーレイとたたかうことになるのかなぁ?
 考えてみれば、今までユーレイがわたしたちのところにやってくることはあっても、自分からユーレイがいる場所に向かうのははじめてだ。なんだか怖いし、きんちょうする。
 わたしはベッドに横たわると何回もゆっくり呼吸をととのえて、ちょっとずつドキドキをしずめるようにしてねむりについた。

 翌日の放課後。
 心霊部の部室には晴人センパイに雪乃さん、太刀風さんがそろっていた。
 わたしも、都子ちゃんといっしょに部室に来ている。都子ちゃんをつれていくことは心配だけど、都子ちゃんがいないとマンションを探すのに時間がかかってしまう。
「雪乃さん、太刀風さん。よろしくおねがいします」
「……なにやら、むずかしいこと……油断はきんもつ……」
「まぁ、あたしがいるからにはその消えちゃった子っていうのを、パパっと見つけてみせるって!」
 ふたりにあいさつをして、都子ちゃんも紹介する。
 晴人センパイの「少しでも早く行ったほうが良い」との言葉で、みんなで部室を出て中央公園にむかった。遊歩道のおくで門吉さんと合流し、センパイがお札をつかってお地蔵様からわたしに門吉さんの霊をうつす。
『はーっ、地蔵から動いたのははじめてだけど、なぁんか嬢ちゃんのとこは居心地が良いなぁ。こりゃあ、取りつかれやすい体質ってのもよくわかるぜ。なっはっは!』
「あたし、ユーレイってはじめてみたかも」
「都子ちゃん、門吉さんはユーレイじゃなくて土地神さまだよ」
 本当はまだ土地神さまじゃないんだけど。
 でも、そういう風に紹介したら、門吉さんもその気になってくれるかなと思い、わたしは土地神という言葉を強調して言った。
 それにしても、ユーレイに居心地が良いって言われちゃうわたしの身体って……。
「よし、ふたつさきの駅まで行って、問題のマンションを探そう。門吉さん、みんなに見えないように灯里の身体の中にかくれていてくれよ」
『あいあい、わかりましたよっと』
「それじゃ、みんなでレッツゴーだね!」
 ノリノリの雪乃さんを先頭に、みんなで駅へ向かう。
 こんなたくさんのひとで向かわなきゃいけない場所なんて、正直怖い。
 でも都子ちゃんのため、消えてしまったクラスメイトの子のためにもがんばらなくちゃ!
 駅で電車にのると、門吉さんはわたしの中で大はしゃぎしてた。
『こりゃすげー! 早馬よりはやいぞっ! なんだこれ、なんだこれ!』
 わたしの中で門吉さんの声がひびく。他のひとに聞こえないかひやひやだった。
 電車をつかって、無事目的の駅までたどりついた。
「さて、ここからは都子さんの記憶がたよりになるけど、マンションの場所は覚えているかな?」
「ちょっとあいまいになってきていますけど、だいたいの方向は覚えてます」
「そうか。まぁ、十階以上のマンションなら方向さえわかってれば探しやすいかな」
 都子ちゃんを先頭に、みんなで歩き出す。
 けれど、途中で都子ちゃんの足が止まってしまった。
「都子ちゃん、どうしたの?」
「おかしいな、たしかにこの辺りのハズだったのに、見あたらない」
「それらしきものは……見えぬな……」
 いくつかマンションやアパートがたっているけれど、どれもそこまで高くない。
 都子ちゃんは、マンションの記憶までうばわれてしまったのだろうか。
「マンション見つからなきゃどーにもなんないよ! どーすんの晴人?」
「とにかく、探してみるしかない。いわく付きのマンションならオレや太刀風が見ればわかるだろう」
 知らない街を、マンションを探して歩く。
 だけど、そもそもまわりに十階以上ありそうな高い建物が見当たらない。
 一通り歩いたあと、晴人センパイが仕方ないという様子で言った。
「少し待つ必要がありそうだな」
「待つ? どういうことですか?」
「そのときになればわかる。それより、今のうちに皆に道具を配っておこう」
 歩いていて見つけた公園のベンチに腰かけて、晴人センパイがカバンをひらいた。
 中にはお札やお守り、符がいくつもしまってある。
「太刀風と門吉さんには必要のないものだが、灯里と雪乃、それに都子さんは持っておいたほうがいい」
 そう言って、晴人センパイがわたしたちにお守りとお札をわたしてくれた。
「や、やっぱりなにか危ないことなんでしょうか!?」
 お守りとお札を受け取った都子ちゃんが、顔をこわばらせて言った。
「霊がいるところに、こちらから行く形になるからな。用心するにこしたことはない」
 道具を渡してみんなで一休みしたころには、だんだんと夕焼けの色がこくなっていた。
「よし、そろそろ行くか」
「うむ……参ろうか……」