「兆さん、本日はありがとうございました。今日の感想を、事務所のメールにお送りしてもよろしいですか?」
「来てくださって嬉しかったです。感想お待ちしてますね。それでは」

兆徹は爽やかな笑顔で、他の招待客の下へ向かい、去っていった。
俺が踵を返すより早く、雫が踵を返した。ずんずんと大股で廊下を進む雫。背中が怒っている。
しかし、雫が怒っているなら俺だって良い気分ではない。仕事の相手以上の会話だったじゃないか。個人的な連絡先など知らなくとも、社内のメールではやりとりできる関係じゃないか。
今日の感想だって、なんでさらに送るつもりなんだ。もう挨拶したんだから、それでいいじゃないか。
これ以上、好意のある男に連絡を取ろうとしないでくれよ。


本当はこの後、夕飯を食べに行く予定だった。お店の予約はしていなかったけれど、美味しいお寿司屋さんにでも……なんて話していた。
しかし、俺も雫もとてもそんな気分ではなく、黙って電車に乗り、黙ってマンションへ帰った。

「夕食はどうする?」

部屋に帰りつき、一応尋ねる。作れという意味じゃない。雫はぷいと顔をそらし、答える。

「私はいらない。高晴さん、お腹が空いてるなら外で食べてくれば?」
「俺も減ってないよ」

雫が振り向いた。じっと俺を非難がましく見つめる。

「兆くんへの態度、失礼だったからね」
「失礼なことをした覚えはないよ。普通に挨拶しただけだ」
「あんな不機嫌な顔と声で? せっかく招待してくれた今日の主役にする態度じゃないと思う」

ああ、こんな言い合いしたくない。そう思いつつ、喉の奥から飲み込んだはずの不満がせり上がってくる。

「彼こそ、夫のいる女性に親しすぎるんじゃないか?」