「雫、好きだよ」
「ん、私も」
「今すぐ、ほしい」

言うなり強引にキスをする。雫が驚いて身をちぢこませるのがわかる。そんな態度がもどかしくて、さらに強引に唇を合わせる。

「ん、だめ」

雫がぐいと俺の胸を押し返す。唇が離れ、俺は間近く雫を見つめた。なんでだ、拒否しないでほしい。そんな焦燥を感じる。

「お夕飯……」
「あとでいい」

雫を上がり框に座らせ、ブーツを脱がせる。頬を赤くし、困惑している雫にもう一度軽く口づけると、横抱きに抱き上げた。

「高晴さん……どうしたの?」
「好きな人がほしいって気持ちに、理由が必要?」

見下ろした雫は答えの代わりに、俺の頬にキスを返した。戸惑いの表情と気配は消えていないけれど。
寝室のベッドに下ろし、組み敷き、そのまま雫を抱いた。強引なことをしていると思った。こんなの感情をぶつけているだけだ。
それでも、止められなかった。他に雫への気持ちを昇華できる方法がわからない。

「高晴さん」

俺の腕の中で、雫は何度も名前を呼んでくれた。俺の不安をなだめるように。



朗読劇当日、俺たちは休日だ。
遅めのランチを楽しみ、夕方からの開演に間に合うように向かった。
渋谷の会場は若い女性で混み合っている。おそらくは兆徹のファンなのだろう。雫が言うには、あっという間に完売してしまったチケットらしい。ロビーにいる人のうち三割ほど男性だが、共演の女性声優のファンといった雰囲気だ。俺と雫のように連れ立ってデート感覚で来ている人たちは少ないように思う。
ほら、やっぱり推しを見に来るタイプのイベントじゃないか。
そんなふうに思うものの、雫のわくわくに水を差したくないので黙ってついていく。