にこにこと、浴衣姿で笑う母は元気そうで、
だから満留はつい錯覚してしまう。

 これからもずっとこんな日々が続くのだと。
 元気を取り戻した母が病気に打ち勝って、
これからも楽しい約束が増えていくのだと。

 けれど、そんな希望的観測はことごとく
打ち砕かれることとなる。

 そろそろ治療を再開しようかという話が
医師の口から出た矢先、母が夜中に胸の痛み
と呼吸苦を訴え、緊急入院したのだ。

 それが一昨日のことで……母の病はすでに
手が付けられないほどに、進行していた。



 「買っちゃったものは今さら返せないし、
お母さんが飲んでくれなきゃ無駄になっちゃ
う。だから少しずつでいいから飲んでみてよ」

 生気の感じられない母の白い手を握りしめ
ると、満留は縋るような眼差しを向ける。

 すると母は「わかったわ」と小さく頷いて、
「でも」と言葉を続けた。

 「健康食品を買うのは……これで最後にして
ね。色々飲んでしまったら、どれが効いたか
わからなくなっちゃうし」

 どうしてこんな時に『最後』なんて言葉を、
口にするのだろう。そんな縁起でもない言葉、
聞きたくもないのに……。そんなことを思えば
胸は苦しかったけれど、満留は「わかった」と
頷いて見せた。そうして、立ち上がる。母の気
が変わらないうちに、豆乳を買って飲ませたい。

 満留は居ても立っても居られずトートバッグ
から財布を取り出すと、

 「じゃあ、さっそく豆乳買ってくるね」

 と母に言い置いて病室を出ていった。


 廊下に出ると制服を着た係員が温冷配膳ワゴ
ンからトレーを取り出し、各病室に配っていた。