「俺の家さ、こっから歩いて十五分くらい
なんだ。だから、ぱぱっ、とカレーだけ喰っ
て戻ってくればそんなに時間はかからないと
思う」

 「でっ、でも、ここを離れて満くんの家に
行くなんて……。お母さんも心配だし、お家
の方に悪いし」

 満留はトートバッグを抱えながら難色を示
した。満の厚意はすごく有難いし、特製ビー
フカレーは是非食べてみたい。けれどやはり、
母を残してここを離れるのは気が引けた。

 「じゃあさ、お母さんに連絡してみたらど
うかな?それか、看護婦さんに伝えておくとか。
お握りとパンだけじゃ栄養偏ると思ってカレー
に色んな具を入れたんだ。だから、どうしても
満留さんに食べさせたい。でっかい鍋に作った
から、俺一人じゃ喰いきれねぇし」

 さて、どうしたものか?と、思案する満留
を覗き込みながら、満が言葉を並べる。その
目は縋るように真剣で、とても無碍に断るこ
となど出来なかった。

 「わかった、ちょっと待って。聞いてみる」

 満留はごそごそと、トートバッグの中から
携帯を取り出すと、アプリを起動した。そう
してトークの中から「お母さん」を選ぶ。

 『お友達がカレーを作ってくれたらしいん
だけど、ちょっと食べに行って来ていいかな』

 と、簡単なメッセージを送ると、まもなく
母から返事が来た。

 『たのしんで』

 という、ひと言。

 数秒遅れて、ピンクのうさぎがピースをし
ているスタンプが届く。それは母が良く使う
スタンプで、満留はほっと胸を撫でおろした。

 もしかしたら眠っているかも知れないと思
ったけれど、枕元に置いてある携帯の音が耳
に届いたようだ。

 「大丈夫そうだな。行こうか」

 満留の安堵した表情から返事を悟ったのか、
満がくるりと背を向けて歩き出す。

 「えっ、ちょっと待って!」

 満留は慌てて立ち上がると、遠ざかってゆく
満の背中を追いかけた。二人が中庭を通り過ぎ
る瞬間、さわ、と生ぬるい風が草木を撫でる。

 満のカレーを食べたら、すぐに戻ってこよう。

 そう思いながら彼の隣に追いついた満留を
見送るように、朱赤の花が揺れていた。






 敷地を出て川沿いを右に歩き始めると、満
は前を向いたまま口を開いた。

 「途中でコンビニ寄ってもいいかな?大通
りを出てすぐのところにあるんだけど」

 「う、うん。それはぜんぜん構わないけど。
何買うの?」

 ポケットに両手を突っ込んだままの満を見
上げると、こちらを向いた満と視線が重なる。
 彼は年下だけれども、満留よりも頭一つ分
以上身長差がある。こうして私服の満と歩け
ば、年の差など傍目にはわからないだろう。

 「満留さんはさ、カレーの付け合わせって
らっきょう派?それとも福神漬け派?」

 唐突にそんなことを訊くので、満留は一瞬
答えに詰まってしまう。らっきょうも、福神
漬けも好きだけれど、母が食卓に並べるのは
いつも福神漬けだった。