「あの、京友祭の模擬講義では、どんなこ
とを生徒さんに話すんですか?」

 一番無難な話題を選んだつもりだった。が、
そのひと言が妹崎の研究者魂をくすぐってし
まったらしく、妹崎は、にぃ、と笑みを浮か
べる。満留はしまった、と、心の中で呟きな
がら苦笑いした。

 「興味あるんか?」

 「……ええ。まあ、ちょっと」

 「透明マントが実現する日は近い。三次元
構造で光を操る、メタマテリアルの技術!や」

 「え?」

 「せやから、模擬講義のテーマは『透明マ
ントの実現』や。大学のホームページにも載
っとるやろ?」

 「あっ、すみません。そうでしたね」

 うっかり、そのことを忘れて訊いてしまっ
た自分に肩を竦める。メールでの受講受付を
管理していたのは他のスタッフだけれど、教
務課の一員として頭に入れておくべきだった。


――それにしても。


 タイムマシンの次は、透明マント……。
 妹崎が手掛ける研究は突拍子もないことば
かりで、およそ社会の役に立つとは思えない。

 そんな懐疑的な思考が顔に出てしまったの
だろうか。妹崎は満留の顔を覗き込むと、
すぅ、と目を細めた。

 「なんや、また信じられへんのか」

 そのひと言に、満留は慌てて「いいえ」と
首を振る。振ってみたが、やはりぽろりと口
から本心が漏れてしまった。

 「信じられない訳じゃないんですけど……。
なんだか実現までに時間がかかりそうだなぁ、
夢みたいな話だなぁ、と」

 無遠慮にそう言うと、妹崎は気を悪くする
でもなく、ふ、と笑って頷いた。

 「まあ、初めて聞く人間はそうやろな。
けどな、この研究は完成に近い研究成果が出
とるんやで。実現すれば、透明化技術だけや
なく、高速光通信なんかにも応用できる」

 「そうなんですか。妹崎先生の言う通り、
人が想像したものって、本当に実現出来ちゃ
うものなんですね」

 心底感心したように頷く。
 どうやら科学というのは、凡人が気付かな
いところでどんどん発展してゆくものらしい。

 すると気を良くしたのか、妹崎は得意げに
語り始めた。満留はその話に耳を傾けながら
ゆっくりと二階へ続く階段を上り始めた。

 「せやで。透明マントは映画や漫画の中だ
けのサイエンスフィクションやなくなる。光
を自由自在に操る人工物質、メタマテリアル
のテクノロジーがあれば、透明人間にだって
なれるんや。わかりやすく噛み砕いて説明す
るとな、メタマテリアルっちゅうのは自然界
には存在しない特性を持たせた超物質のこと
なんや。例えば、光がある物質中を進むとき
の抵抗の大きさを屈折率ゆうんやけど、それ
は誘電率と透磁率で決まる。空気の屈折率を
一とすると、氷は一・三〇、水は一・三三で、
自然界の物質はすべて『正』の屈折率を持っ
とるんや。けどな、メタマテリアルの技術を
使って誘電率と透磁率を操れるようになると、
『負』の屈折率を実現出来る。するとや、
そこでは光が『逆戻り』するっちゅう、奇妙
な現象が起こるんや。この特性を活かして物
体の背後からくる光を、その物体で遮らない
よう迂回させれば、人の目にはその物体があ
たかも存在しないように映る。これが透明マ
ント原理や、わかるか?」