その瞬間、「うわっ!」という声と共に額
に衝撃が走ったのを憶えている。続いて、何
かが床に落ちて「ガシャン」と鳴る音。

 「……いったぁ」

 誰かにぶつかってしまったのだと瞬時に理
解しながら、痛む額を擦りながら目を開けた
満留は、「あーあー」とボヤきながらひっくり
返った段ボールを見下ろしているその人を、
見上げて言った。

 「すみません!ちょっと余所見してて……
あの、荷物は大丈夫ですか?」

 この場合、どちらが悪いのだろう?などと
頭の片隅で思いながらそう言った満留は、
ガリガリと伸びきった盆栽のような頭を掻き
むしる男性を見てはっとした。

 その個性的な容貌を見間違えるはずもない。
 彼はつい先日、着任してきたばかりの准教
授、妹崎紫暢だった。

 「ああ、事務のねーちゃんか。そっちは?
おでこ、痛ないか?」

 関西訛りでそう言うと、妹崎はしゃがみ込
んで段ボールの中を覗いた。満留も「平気で
す」と答えて隣にしゃがみ、一緒に段ボール
の中を覗き込んだ。

 「何も壊れてないでしょうか。これ、物理
の実験器具ですよね?」

 「せやで。誘導起電力の実験器具や」

 満留の質問に段ボールの中を確認しながら
妹崎がにぃ、と口角を上げる。けれど次の瞬
間、「あ」と声を漏らしたかと思うと、わか
りやすく顔を顰めた。

 「あかんわ。折れとる」

 「嘘ッ、どうしよう!?」

 そのひと言に、満留は慌てて声を上げてし
まう。実験器具は高価な物が多いからだ。
 だけど、ごちゃごちゃとした箱の中を覗い
てみても、どれが壊れてしまったのかわから
ない。プラスチックの管や、赤や黒のケーブ
ル、その他に何かのコンセントのような物が
入っているが、それらはどれも壊れているよ
うには見えなかった。

 「あの先生、もしかして折れたのってコレ
ですか?」

 バラバラと六本ほど散らばっている管を指
差して、恐る恐る聞いてみる。すると、妹崎
は満留の顔を覗き込んで、丸メガネの奥の目
を、すぅと細めた。

 「冗談や。なーんも、壊れてへん」

 「……!?」

 「このコイルは一列に繋げて使うんや。だ
から、なんも問題ないわ」

 涼しい顔でさらりとそう言うと、彼は満留
の頭にポン、と掌を載せて立ち上がった。

 それはまるで子供をあやすような仕草で、
自分は揶揄われたのだとようやく理解する。

 「なんだ、冗談か」と、内心ほっと胸を撫
でおろすと、満留も立ち上がって妹崎に頭を
下げた。

 「ぼんやりしてて、すみません。箱の中の
物が壊れてなくて良かったです」

 「まあ、こっちも前をよく見てへんかった
し、お相子(あいこ)やな」

 ふむ、と頷きながらそう言った妹崎に満留
は「ふふ」と笑みを零す。妹崎と直接言葉を
交わすのは初めてだったが、話してみると関
西人特有の親しみやすさがあって壁を感じな
かった。